人通りの多い街角で、雑誌を手に掲げて売っている人を見かけたことはありませんか? 雑誌の名前は「BIG ISSUE(ビッグイシュー=大きな課題という意味)」、販売者は安定した家を持たない「ホームレス」です。1冊450円の雑誌の販売をホームレスの人たちに任せることで、自立への足がかりにするという事業です。私自身、ビッグイシューについては、「見たことはあるけれどよく知らない」存在でした。今回、ひょんなことから定期購読を始めたのを機に、いろいろと調べてみました。
ビッグイシューとは?
「路上で雑誌を売る人」は見たことがあった
私の職場近くの路上に、ビッグイシューの販売者さんがいるのは知っていました。ホームレスの自立支援であることも聞いたことがありましたが、雑誌の中身は知らなかったし、買おうと思ったこともありません。実を言うと、どこかの宗教団体の活動かと思っていたのです。
昨年来のコロナ禍でテレワークになり、ある日ふと「ビッグイシューを売っている人は、今どうしているだろう」と思い出しました。ビッグイシューのホームページを見ると、そのときの最新号の表紙が、ノーベル文学賞作家のカズオ・イシグロ!インタビューも掲載されている!ちょうど『クララとお日さま』を読んだ直後だったので、すごく興味をひかれましたが、路上販売の場所まで行くのはちょっと……と躊躇していたところ、定期購読ができると判明。すぐ申し込みました。それ以来毎月2冊、1日と15日に届けてもらっています。
「心に響く」記事が詰まった32ページ
ビッグイシューは、たった32ページの薄い雑誌です。でも、中身はすごく濃い。例えば、私が初めて購入したビッグイシュー407号には、カズオ・イシグロのインタビューをはじめ、「“調べる”っておもしろい」という特集で北海道大学大学院の宮内泰介教授が「ちゃんと調べる方法」について詳細に解説。調べ方だけでなく、調べることの意味、調べて分かったことの整理法などまで紹介しています。読んでいるうちにもっと詳しく知りたくなり、参考文献として挙げられている新書を買ってしまいました。
生活困窮者が「仕事」として収入を得るために、路上で販売する雑誌・新聞を「ストリートペーパー」といいます。世界中のストリートペーパーの販売者のインタビュー記事「販売者に会いに行く」は、世界地理や海外情勢の勉強にもなり、読むたびに少し視野が広がる感じがします。
そして、私が毎号楽しみにしている連載が、「世界一あたたかい人生レシピ」です。サブタイトルは「ホームレス人生相談」。読者から寄せられた相談に、ホームレスである販売者が回答するという人気連載です。この回答が毎回、実にしみじみといい味を出しています。さらに、料理研究家の枝元なほみさんの「悩みに効く料理」レシピが写真入りで紹介され、相談内容とお料理に絡めたなほみさんの文章も添えられて、とても贅沢な1ページです。この連載はまとめられて『クッキングと人生相談』という書籍になっています。
ビッグイシューの編集方針
ビッグイシュー日本代表の佐野章二氏の著書によると、ビッグイシューは情報誌ではなく、「若者のためのオピニオン誌」。そのために4つの編集方針を掲げています。
(1)ネットワークで日本と世界をクロスする国際雑誌
(2)若い世代が時代のマイナス条件を踏み台にできる情報雑誌
(3)映画俳優からホームレスまで、多様な人々が登場する人間雑誌
(4)意外性を極めるポストエンターテインメント雑誌
前項で紹介したビッグイシューの内容を照らし合わせると、まさにこの4つの編集方針が貫かれた雑誌になっていることがわかります。佐野氏は著書の中で、「読者が『ビッグイシュー』を読む前と読んだ後では、世界の見え方が少し変わったと感じてくれるような雑誌」を作りたかったと語っています。読者の受け取り方はさまざまだと思いますが、編集方針がしっかりと反映された雑誌は美しく、尊いものだと感じます。少なくとも私は月2回、目からウロコが何枚か落ちています。
ビッグイシューのしくみ
チャリティではなくビジネス
現在、日本で売られているビッグイシューの正式名は「ビッグイシュー日本版」。1991年にイギリスで創刊され、世界中に広まっていたビッグイシューの日本版です。
ビッグイシューの原型はロンドンで生まれました。チャリティ(慈善活動)ではなくビジネス(事業)によって、ホームレス問題の解決に挑戦することを目標に、1991年9月、雑誌「ビッグイシュー」は、ロンドンの街で10人のホームレスによって販売を開始。良質の雑誌を作り、ホームレスの人をビジネスパートナーとして、販売を任せることで、ホームレス問題の解決に挑戦する事業です。「ビジネスの手法を使うが、その利益は社会を変えるために使う」というビジネスモデルが成功し、その功績は英国政府や王室によって高く評価されています。ビッグイシューは、イギリスで非常に知名度の高い雑誌となり、若手ライターや編集者の登竜門とされています。
ビッグイシュー日本版とは
日本で発行されているビッグイシューは、どのようにできたのでしょうか。ビッグイシュー日本版の現編集長であり共同代表の水越洋子氏が、2002年9月、「ビッグイシュー・スコットランド」ついての雑誌記事を読み、直感で創設者のメル・ヤングを訪問。1年後の2003年9月に「ビッグイシュー日本版」を創刊しました(すごいスピード!)
創刊前の人々の反応は、「100%失敗する」。主な理由は、「若者の活字離れ(雑誌は売れない)」「もはや情報はタダの時代」「路上で雑誌を売買する習慣がない」「ホームレスから物を買う人なんていない」など。そう言われると確かに、成功する可能性は限りなく低そうです。ところが、代表の佐野氏は「若者はメールで活字を使う。活字はなくならない」「広告を入れないビッグイシューは純度の高い情報を幅広く提供できる」「繁華街の路上で声を出して売るスタイルは、一等地にある“生きた書店”だ」「販売者になるホームレスは本当にやる気のある人たち。彼らが売ることで道行く人も振り向いてくれる」と反論。その情熱にメディアの関心が集まり、創刊時には新聞やテレビで多く取り上げられました。
そして、創刊から17年間で累計892万冊 を売り、ホームレスの人に13億7,002万円の収入を提供したのです。2021年3月現在、106人が販売、これまでの登録者数は延べ1,941人、卒業者は205人となっています。
売り上げの半分以上が販売者に
定価450円の雑誌「ビッグイシュー日本版」を、ホームレスである販売者が路上で売ると、230円が販売者の収入になります。これが基本です。ただし、最初の10冊は無料で提供されるので、その売り上げ4,500円はすべて販売者の収入になります。それを元手に、以降はビッグイシューを1冊220円で仕入れ、販売するというしくみです。例えば、東京の路上でビッグイシュー1号あたり200冊売るとすると、1ヵ月に(2号刊行されるので)400冊、230円×400冊=92,000円の収入になります。200冊売るのはなかなか難しいそうですが、1ヵ月92,000円の収入があれば、なんとか路上生活から脱出する足がかりになります。
ビッグイシュー販売者のルール
繁華街の路上には、いろいろな寄付を求める団体やキャッチセールス、怪しい勧誘をする人などもいて、怖い思いをすることも多いでしょう。でも、ビッグイシューの販売者は、顔写真と販売者番号の入った身分証明書(IDカード)を必ず身につけて、雑誌を販売しているので安心です。
また、ビッグイシューは街角での募金活動は一切行っておらず、販売者が寄付を求めることもありません。
ビッグイシューの販売者はプロとして、雑誌販売中は以下の8つの行動規範を守ることになっています。
(1)割り当てられた場所で販売します。
(2)ビッグイシューのIDカードを提示して販売します。
(3)ビッグイシューの販売者として働いている期間中、攻撃的または脅迫的な態度や言葉は使いません。
(4)酒や薬物の影響を受けたまま、「ビッグイシュー日本版」を売りません。
(5)他の市民の邪魔や通行を妨害しません。 このため、特に道路上では割り当て場所の周辺を随時移動し販売します。
(6)街頭で生活費を稼ぐほかの人々と売り場について争いません。
(7)ビッグイシューのIDカードをつけて「ビッグイシュー日本版」の販売中に金品などの無心をしません。
(8)どのような状況であろうと、 ビッグイシューとその販売者の信頼を落とすような行為はしません。
ビッグイシューに興味がある人は、販売者さんを見かけたら、安心して雑誌を買い求めてください。
世界各地の情報を共有し翻訳・配信する
ロンドンで始まった雑誌「ビッグイシュー」の呼びかけにより、1994年、国際ストリートペーパーネットワーク(International Network of Street Papers/INSP)が創設されました。これは、「ビッグイシュー」と同様の仕組みで、ホームレス状態の人の仕事を作り自立を応援する雑誌・新聞(ストリートペーパー)のネットワークです。2017年9月現在、INSPには世界35ヵ国から100誌以上のストリートペーパーが参加。そのうちの7誌が「ビッグイシュー」を名乗る雑誌(英国に2誌、南アフリカ、オーストラリア、韓国、台湾、日本に1誌ずつ)ですが、それぞれ独立した団体・企業として活動をしています。
世界中のストリートペーパーが助け合うことで、ホームレスや貧困の問題解決について、グローバルな視点で取り組むことができます。なかでも、世界各地の記事を共有し、複数の言語に翻訳し配信するStreet News Service(以下SNS)は、INSPの大きな特徴です。
「ビッグイシュー日本版」の2019年1月15日発売の351号は、27,000部が即完売、増刷分の5,000部もすぐ売り切れました。この号はフレディ・マーキュリーが表紙を飾り、映画『ボヘミアン・ラプソディ』で主役を演じたラミ・マレックのインタビュー記事が掲載されました。世界中の記事共有と翻訳配信ができるSNSのしくみがあってこその特集記事だったのでしょう。
このように、世界中のストリートペーパーが情報を共有することで、独自性のある国際記事を含む「質の高い誌面」を制作する大きな助けとなっています。
ビッグイシューを買うには
ビッグイシューにはいくつかの購入方法があります。
路上販売
札幌、仙台、東京、神奈川、名古屋、大阪、京都、奈良、兵庫、岡山、福岡(現在休止中)、熊本、鹿児島(現在休止中)で販売しています。
▼路上販売の場所
定期購読
1年間最新号が順次届きます(24冊)。
▼定期購読の申し込み
コロナ緊急3ヵ月通信販売
最新号を含む3ヵ月分が届きます(6冊)。
▼コロナ緊急3ヵ月通信販売の申し込み
バックナンバー通信販売
最新号を除く3冊以上から注文できます。
▼バックナンバー通信販売の申し込み
委託販売のショップで購入
日本各地のカフェやフェアトレードショップ等、委託販売制度を利用している店舗での購入が可能です。
▼委託販売をしているショップ
図書館で閲覧
ビッグイシューを所蔵している図書館もあります。「まずは読んでみたい」という人は、閲覧してみてください。
▼ビッグイシューが読める図書館
その他の支援
ホテルの予約で寄付ができる
ビッグイシューを買う以外にも、ホームレスの自立支援のための方法がいくつもあります。ここでは、ホテルの予約サイトを通じて行う寄付を紹介します。出張や旅行の際に、宿泊施設を「Hotels4Change」というサイトから予約するだけで、宿泊代金の5%がビッグイシュー日本とINSPに寄付されます。宿泊者の負担はありません。Hotels4Changeは、ストリートペーパーを応援したい人が、より気軽に寄付できるよう、INSPがBooking.com(世界最大の宿泊予約サイト)と協力して始めたしくみです。寄付金は、日本や世界中のホームレス販売員の活動支援に使われます。コロナが収束して、旅行に出られるようになったら、ぜひ利用してみてください。
まとめ
ビッグイシューは創刊当初から、20〜30代の若者を想定読者として作ってきたといいます。ターゲットから外れた年齢層の私が読んでも、もちろんおもしろく有意義なのですが、たしかに「これからの未来を作っていく人たち」に、ぜひ読んでほしい雑誌です。
32ページの中には、有名人も家のない人も登場し、海外の情報が詳細に報告され、心を揺さぶられる絵や写真があり、話題の映画への考察が述べられ、ほのぼのした文章が語りかけています。つらい現実を見つめる記事もありますが、それを通して「自分にもできることがあるのでは?」と考えるヒントにもなります。
街に出かけるときは、ビッグイシューの販売者さんを探してみてください。そして、もし気が向いたら、1冊買って読んでみてください。450円でいろいろなことを感じ、知ることができると思います。
参考:『ビッグイシューの挑戦』佐野章二(講談社)、『社会を変える仕事をしよう』佐野章二(日本実業出版社)、ビッグイシュー日本公式サイト(https://www.bigissue.jp/)