〈石井直方〉いのちのスクワット開発秘話 人の寿命は太ももの筋肉で決まる!? 最強スロトレの極意

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二種のがんをたて続けに体験した石井直方さんは、闘病生活の間、入院中もスクワットを行っていました。世の中が便利になると筋肉を使う必要がなくなってきます。しかし、筋肉を使わずにいると、どんどん衰え、やがて健康上のさまざまな不都合が生じます。私たちは遅かれ早かれ老いや多くの疾患と向き合わなくてはならなくなります。筋トレの重要性について、書籍『いのちのスクワット』著者で東京大学名誉教授の石井直方さんに解説していただきました。

解説者のプロフィール

石井直方(いしい・なおかた)

1955年、東京都出身。東京大学理学部生物学科卒業、同大学院博士課程修了。理学博士。東京大学教授、同スポーツ先端科学研究拠点長を歴任し現在、東京大学名誉教授。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。筋肉研究の第一人者。学生時代からボディビルダー、パワーリフティングの選手としても活躍し、日本ボディビル選手権大会優勝・世界選手権大会第3位など輝かしい実績を誇る。少ない運動量で大きな効果を得る「スロトレ」の開発者。エクササイズと筋肉の関係から老化や健康についての明確な解説には定評があり、現在の筋トレブームの火付け役的な存在。
▼石井直方(Wikipedia)
▼専門分野と研究論文(CiNii)

本稿は『いのちのスクワット』(マキノ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。

二種のがんをたて続けに体験

最初のがん宣告を受けたのが、2016年の初夏。その年の5月頃から、夜ごと39℃台の熱の出る日々が続いていました。仕事が立て込んでいたため、医者にもかからず解熱剤でごまかしていましたが、6月に入ったある日、体中の筋肉がけいれんし、動けなくなりました。近所の病院の救急を受診し、おなかと肺に4ℓの水がたまっていることがわかりました。

後日、東京大学医学部附属病院に移り、精密検査を受けると、「悪性リンパ腫」(ステージ4※)と診断されました。

※がんの進行の程度を示す数字で、進み具合によって1~4に分かれる。悪性リンパ腫のステージ4は、がん化したリンパ球がリンパ節以外の臓器に広範に広がった、いわゆる末期の状態

大学が夏休みに入るまで待ち、治療が始まりました。
主な治療は、「分子標的薬と抗がん剤による治療」「自己の骨髄造血幹細胞の採取」、そして最終的に「抗がん剤の多量投与」と「骨髄造血幹細胞自家移植」までを行うというものでした。

半年にわたる3回の入院を経て、なんとかがんを克服することができました。

大学に戻り、研究生活を再開しましたが、予後も良好で悪性リンパ腫の根治も見えてきた矢先の2020年の夏の終わり、突然黄疸が出ました。

調べると、再びがんが見つかりました。今度は、「肝門部胆管がん」(ステージ2~3)。悪性リンパ腫とはおそらく無関係で、新たに発生したがんでした。

胆管は完全に塞がっていましたが、幸運にも外科手術によって根治を目指すことが可能と診断されました。肝臓の右側3分の2を切除。あわせて、肝外胆管は肝門部から膵管との合流部までを胆のうとともに切除し、小腸を用いて胆管を再建しました。

同年11月退院。幸いにも経過は順調で、2021年に入ると、大学に戻ることができました。その後も体に変調はなく、仕事を続けることができています。

いのちを守るためのスクワット

この二度の闘病生活の間、私は入院中もスクワットを行ってきました。

正確にいえば、スクワットを始めたのは悪性リンパ腫の1回目の入院生活ののち、体力の衰えを実感してからのことになります。77~78kgあった体重は、がんによって一時は63kgまで激減しました。とりわけ筋肉が落ちて、それまでに鍛えてきたものを全部なくした感覚でした。

自身の衰えに愕然とし、このままではいけないと、その後の入院生活や二度目のがんの手術前後にも、病室や無菌室で、体を動かせる機会があれば、スクワットを続けてきたのです。

2つのがんをなんとか乗り越えて、平穏な日々がようやく戻ってきました。

いま振り返ると、こうして元気で生きていられるのは、第一には主治医の先生をはじめ多くの医療スタッフのかたがたの最適な治療と支援のおかげですが、これまで培ってきた体力・筋力がもうひとつの大きな要因になっていると感じます。

若い頃はボディビルダーとしても世界選手権に出ましたし、その後も体を鍛え続けてきました。その貯金(貯筋)がものをいったのでしょう。

私は半生をかけて筋肉研究に打ち込んできました。人からは、いつしか「筋肉博士」と呼ばれるようになりました。

最新の研究で、がんを移植したネズミの寿命が筋肉によって左右されるという実験があります。
がんを移植したネズミは、そのままにしておけば筋肉がみるみる萎縮して死んでいきます。しかし、筋肉を増強する薬物を与えて筋肉が減らないようにすると、ネズミの寿命は著しく延びました。つまり、がんになっても、筋肉をしっかり維持できれば長生きできる可能性があるのです。まさに筋肉はいのちに直結するというわけです。

このような研究があることも知っていたので、入院中も筋肉を少しでも落とさないようにしようというモチベーションが持続しました。実際に、入院中のスクワットは、まさしく私のいのちを支え続けたといってもいいすぎにはならないと思います。

本稿は『いのちのスクワット』(マキノ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。

「石井先生にとって、筋トレとは何ですか?」

筋トレは人を支え、人類を守るための知恵

しかし同時に、本記事ではがんは脇役にすぎないということを強調しておかなければなりません。
「人生100年時代」といわれるように、この超・超高齢社会を、健やかに、そして活動的に生き抜くための有力な手立てとして、私は常々、筋力トレーニング(筋トレ)の重要性をお伝えしています。
最近のラジオ番組のインタビューで、「石井先生にとって、筋トレとは何ですか」と、真正面から聞かれたことがありました。

私はそのとき、「筋トレとは、人類の存在を守る知恵です」と答えました。

世の中が便利になると、生活のために筋肉を使う必要がなくなってきます。しかし、そのまま筋肉を使わずにいると、筋肉はどんどん衰え、やがて健康上のさまざまな不都合が生じます。これは人類社会の抱える矛盾のひとつといえます。かといって、昔の不便な生活には戻れません。そこで、筋トレで「賢く」筋肉を維持しようというわけです。

加齢により、あるいは、ふだんの生活習慣の影響によって、私たちは遅かれ早かれ老いや多くの疾患と向き合わなくてはならなくなります。その日そのときを念頭に置いて、人を支えるための大切な知恵として、みなさんに「スロースクワット」をお勧めしたいのです。

スロースクワットは、ゆっくり行うスクワットです。

マシンやダンベルなどの器具を使わない、自重で行う筋トレにはいろいろありますが、なかでも自重スクワットは最も代表的な筋トレです。老若男女を問わず勧められるものです。筋肉の量は、30歳頃がピークと考えられます。その後は加齢によってしだいに減っていきます。そして、80歳になる頃には、太ももの筋肉はピーク時の半分にまで減ってしまいます。

スクワットは、こうした加齢による筋肉の衰えに抗して、若々しい体を保ち続けるための最も有力な手段といえるでしょう。壮年期のうちに始めるなら、これからの加齢による減少に対してしっかり備えることにつながります。

あまり運動をしてこなかったというかたや、体力に自信がないというかたも、心配いりません。紹介するスロースクワットなら、体力別になっているのでどなたでもできます。

高齢のかたにとって、筋トレを始めるのに遅すぎるということは決してありません。筋トレは、いくつになっても始めることが可能で、いくつになっても効果をもたらします。70歳になっても、80歳になっても。90歳代のかたも決して例外ではありません。

実際、私たちの研究でも、80歳すぎの高齢者が筋トレによって筋力を高めるだけでなく、筋肉を増やせるという結果が出ています。しかも、筋トレは、筋力や体力を保ち続けるために役立つだけではありません。

最新研究によって、いままで知られていなかった筋肉の機能が解明されつつあります。さまざまなホルモンの分泌を促す、糖尿病を中心とした生活習慣病の予防・改善に役立つ、筋肉自体が多くのホルモン様の物質を出して、認知症やがんを予防するなどです。

▼がんサバイバー・石井直方さんが気づいた「筋肉」と「がん」の関係

安全で効果があり誰でもできる「スロースクワット」

がんの治療中、私が病室や無菌室で行っていたスクワットも、スロースクワットでした。スロースクワットは、「スロトレ」方式で行うスクワットです。スロトレとは、スロートレーニングの略で、私の研究室で開発した「ゆっくり動き続ける筋トレ法」のこと。ゆっくり行えば、軽い負荷(最大筋力の30%程度)でも、効率よく筋肉を鍛え増やせることが、私たちの研究で明らかになっています。

しかも、ゆっくりした動きなので安全性が高く、関節を痛めたり、血圧の急上昇を引き起こしたりするリスクがきわめて低く、体力に自信のないかたや高齢者をはじめ、どなたでもでもできます。スロースクワットは、人生100年時代を健やかに生き抜くために、私たちのいのちと健康を支えてくれる知恵である。私自身、そのように自負しています。

運動は生きる力を根源から引き出す

私がこれまでの筋肉研究を通じて実感しているのは、筋肉を使うことは、単に手足を動かしたり、体を移動させたりすることにとどまらないということです。

体を動かすこと自体がひきがねとなって、私たちの体の中に備わっているさまざまな力を引き出すことができると考えられます。つまり、体を動かすことは、神経や筋肉に限らず、全身を同時に活性化することにつながります。

例えば、気分が落ち込んだときに、なかば無理やりにでも体を動かすようにすると、気分が変わるという経験をしていらっしゃるでしょう。このような場合には、比較的単調な運動を繰り返すのが効果的といわれています。筋トレはまさにそういった運動に該当します。

運動したあとの爽快感によって、心の状態がポジティブに転じることもしばしばあるでしょう。この場合には、交感神経をすばやく活性化するような、強めの運動が効果的です。スロトレは必ずしも強い運動とはいえませんが、このような効果がとくに大きいことがわかっています。

落ち込んだときにじっと考え込んでも、ますますネガティブなスパイラルにはまってしまうことが多いものですが、運動は心の別な面を開かせてくれます。体を動かすと、心の状態をマイナスからプラスに転換させる力が働くといえるでしょう。

それは、たんに気分転換に留まるものではありません。運動は、生きる力を命の根源から生み出す効果がある、そう私は信じています。

スロースクワットが豊かな人生を創造する

人口の28%以上が65歳以上で占められる、超・超高齢社会を迎えた日本においては、高齢者も社会に参加し、社会のために力を発揮する時期を長くしてゆく必要があります。同時にそれは個人の幸福にもつながります。

だからといって、「社会貢献しなくては」と意気込んだり、がんばりすぎたりする必要はありません。まず、ご自身が健康であること自体が第一の社会貢献となり、ご家族や周囲のかたたちに幸福をもたらします。

積極的に体を動かすことによって、健康長寿が可能になります。生き方も運動もスローでいいので、心身ともに元気であり続けましょう。

繰り返し申し上げてきた通り、筋トレに手遅れはありません。「スロースクワット」を今日から始めてみませんか?

私がみなさんに筋トレをお勧めする理由は、筋肉を鍛えていただくことそのものにあるわけではありません。筋トレを通じて元気になった体を活かし、人生や社会と積極的に向き合い、豊かな毎日を創造していただきたいがためです。いくつになっても、それは可能です。

筋肉は、転ばないように私たちの体を支えてくれるものですが、同時に、充実した人生を支えてくれるのも、また筋肉なのです。

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なお、本稿は書籍『いのちのスクワット』(マキノ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。筋トレは、いくつになっても始めることが可能で、いくつになっても効果をもたらします。90代のかたも決して例外ではありません。著者の石井直方先生が、がんの治療中に行っていたスクワットも、スロースクワットだったと言います。「入院中のスクワットは、まさしく私のいのちを支え続けたといっても言い過ぎにはならないと思います」(石井直方さん)。本書は「スロースクワット」の効果と方法について、石井直方さんご自身の体験もふまえながら、一般の方向けにやさしく解説した良書です。詳しくは下記のリンクからご覧ください。

いのちのスクワット (2度のがんから私を救った)
¥1,430
2021-12-21 15:25

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