帯状疱疹は、水ぼうそう(水痘)にかかったことのある人ならだれでも発症する可能性のある病気です。水疱を伴う発疹と痛みが特徴で、皮膚症状が鎮静したあとも痛みが持続することがあります。発症するリスクは50歳を超えると増加し、帯状疱疹ワクチンも50歳以上に適用されています。今回は、この病気の実態と予防・対応策について、順天堂大学医学部麻酔科・ペインクリニック講座教授の井関雅子先生に教えていただきました。
解説者のプロフィール
井関雅子(いせき・まさこ)
順天堂大学医学部麻酔科学・ペインクリニック講座教授。順天堂大学大学院医学研究科疼痛制御学 教授(併任)。1984年近畿大学医学部卒後、大阪赤十字病院麻酔科で研修。順天堂大学医学部麻酔科学講座助手、緩和ケアセンターセンター長、同大麻酔科学・ペインクリニック講座講師、准教授を経て2013年より現職。専門医機構麻酔科専門医、日本麻酔科学会指導医、日本ペインクリニック専門医、日本頭痛学会指導医・専門医、日本ペインクリニック学会理事・日本疼痛学会理事・日本慢性疼痛学会理事・日本運動器疼痛学会理事・日本麻酔科学会代議員。
取材・構成/狩生聖子
帯状疱疹とはどのような病気なのか
水ぼうそうにかかった人は誰でもかかる可能性あり
帯状疱疹は、水痘(水ぼうそう)の原因と同じウイルスである「水痘・帯状疱疹ウイルス」が原因で発症する病気です。神経に沿って帯状に発疹が出るために、このように呼ばれます。
このウイルスに初めて感染すると、水ぼうそうを発症します。子供の頃にかかる人が多いので、皆さんもご記憶かもしれません。全身に水疱ができ、それがかさぶたになってはがれます。重症化しなければ1週間程度で治りますが、実は水痘ウイルスはその後も、脊髄近くの神経節などに潜んでいます。そして、何かのきっかけでウイルスが再び活動・増殖を始めると(再活性化)、帯状疱疹を発症するのです。つまり、過去に水ぼうそうにかかったことがある人なら、誰でも発症する可能性がある病気といえるでしょう。
帯状疱疹が発症するきっかけは?
帯状疱疹が発症するきっかけとして、よく言われるのは「免疫力の低下」です。ストレスや疲労、あるいはがんなどの病気になったときや、がん治療中に発症するケースは少なくありません。
もう一つは「抗体価の低下」です。私たちの体は、病気の原因となる異物が入ってくると抗体が作られます。これが、感染を防御するたんぱく質と協力して、同じ病気の発病を防いでいます。帯状疱疹も例外ではなく、最初の感染でできた抗体が常に体内をパトロールし、ウイルスの活動を阻止しています。ところが、もともとこの抗体の量が少なかったり、加齢により抗体の量が減ってきたりすると、帯状疱疹を発症しやすくなるのです。
帯状疱疹になりやすい年齢・状態
帯状疱疹患者75,789例を対象とした大規模疫学研究「宮崎スタディ」では、男女ともに50歳代から帯状疱疹の発症率が急激に上昇し、全患者の約7割が50歳以上と報告されています。この結果から、日本では80歳までに約3人に1人が帯状疱疹を経験すると推定されています。
こうしたデータを見ると、帯状疱疹という病気は「わりと多くの人がかかる」という印象でしょう。実際、周囲の人に聞いてみると、「自分や家族、職場の人がかかった」という話が意外に多くあると思います。
また、きちんとしたデータは得られていませんが、インターネットなどで最近、「コロナ禍で帯状疱疹にかかる人が増えているようだ」という現場の医師の声も聞かれます。私自身は特に増えたという実感は持っていませんが、愛知医科大学皮膚科学講座教授の渡辺大輔医師は、増えたとすればその理由として、「コロナ禍で感染に対する不安や収入の減少など、多くのストレス要因が重なったことで免疫力が低下したことが考えられる」といった内容を、2021年10月20日放送のラジオ番組『NHKジャーナル』でコメントしていました。
帯状疱疹の症状
早期発見のために症状を知っておこう
帯状疱疹という病気は、痛みと水疱状の発疹が主な症状です。ただ、服薬などの治療で症状が治まっても、後遺症として神経痛が残るケースがあります。帯状疱疹後神経痛は、生活の質が低下するほどの苦痛となることが少なくありません。重症化や後遺症を防ぐためには、早期発見・早期治療が重要です。そこでまず、帯状疱疹がどのように発症するのか、典型的なケースを知っておいてください。
皮膚の痛みのあと水膨れを伴う発疹
先述したように、神経節に潜伏していた水痘ウイルスがなんらかのきっかけで再活性化すると、神経節内で増力し、知覚神経を通って表皮に達します。痛みが出てから発疹が現れたり、発疹が出てから痛みが出たりします。痛みだけでなく、かゆみやしびれなどとして感じる場合もあります。また、痛みの感じ方も人それぞれで、ピリピリやズキズキ、針で刺されるような痛み、焼けるような痛みなど、さまざまです。
帯状疱疹の皮膚症状は「水膨れを伴う赤い発疹」で、左右どちらかに出るのが特徴です。帯のように水疱がつながって現れます。
ただし、最初は「ポツポツ」程度の発疹の場合もあり、虫刺されなどと勘違いして受診が遅れるケースが少なくありません。皮膚の痛みがあり、発疹が少しでも確認できれば、この病気の専門である「皮膚科」を受診してください。発疹がなくても、皮膚の痛みがあるときには、「帯状疱疹かもしれない」と心の隅に留め置き、毎日皮膚を確認するといいでしょう。発疹が現れたら、すぐに皮膚科に行ってください。
帯状疱疹は、全身のどの神経にでも発症します。腕や胸、背中などで多く見られますが、顔や首、耳、目の周囲、陰部などに起こることもあります。耳の聴神経で起こった場合、難聴の原因になることがありますし、視神経や顔面神経、三叉神経で起こると、視力障害や視力低下、顔面神経麻痺をきたすこともあります。
帯状疱疹の治療
治療は、水痘・帯状疱疹ウイルスの増殖を抑える抗ウイルス薬の飲み薬を使います。発疹が出てから72時間以内に飲み始めることが望ましいとされ、症状がひどい場合は点滴で投与することもあります。いずれにしても、症状に気づいたら2日以内に皮膚科を受診するようにしましょう。抗ウイルス薬によって体内のウイルス量が減少すれば、発疹と痛みは次第に軽減します。
帯状疱疹後神経痛とは
帯状疱疹患者の1割に起こる後遺症
帯状疱疹に関連する痛みは、その時期によって名前が違います。発疹が出現する前の痛みを「前駆痛」、発疹がある期間の痛みを「急性期痛」、皮膚症状が消えてから3ヵ月以内の痛みを「亜急性期痛」、3ヵ月以上残存する痛みを「帯状疱疹後神経痛」としています。
帯状疱疹はおおむね2週間で発疹が落ち着き、痛みも軽くなるのが一般的です。しかし中には、皮膚の症状が治まった後も痛みが持続する場合があります。3ヵ月以上続く「帯状疱疹後神経痛」は、帯状疱疹を発症した人のうち約10%に起こります。
帯状疱疹後神経痛は、ウイルスが増殖する際の炎症で起こる「急性期痛」とは原因が異なります。帯状疱疹を発症した後の人体は、抗ウイルス薬とともに免疫機能が働いて、ウイルスの活動を抑制します。この制御機構がうまくいかないと、神経障害が強く残るといわれています。
症状としては、24時間続く痛みや、突然激痛が走る「電撃痛」などがあります。また、通常では痛みとして認識しない程度の接触や軽微な圧迫、寒冷などが痛みとして認識されてしまう「アロディニア」という症状が出ることもあります。
帯状疱疹後神経痛になりやすい人は?
痛みや不快感が続く帯状疱疹後神経痛は、QOL(生活の質)を著しく低下させます。帯状疱疹後神経痛になりやすいケースとして、「発症直後の皮疹が重症」「発症直後から強い痛みがある」「皮疹が出る前から強い痛み(前駆痛)が現れる」「高齢である」がわかっています。
なかでも年齢は大きな要因で、帯状疱疹後神経痛の約70%は65歳以上、あるいは70歳以上(データによって異なる)という報告がされています。高齢の方は特に、帯状疱疹の早期発見・早期治療が重要になります。
なぜ早期治療が大事なのか
帯状疱疹は人からうつる感染症ではなく、自身の体内に潜むウイルスが起こす病気なので、予防もなかなか難しいところがあります。帯状疱疹後神経痛に至っては尚更です。それでも私たち医師が、早期発見・早期治療を勧めるのは、仮に帯状疱疹後神経痛に移行したとしても、早く治療を始めれば症状が軽く済むと、経験的にわかっているからです。
ですから、皮膚の痛みと発疹が出たらすぐ皮膚科を受診し、痛みは我慢せず消炎鎮痛剤を処方してもらうこと。発疹が軽快しても痛みがよくならない場合は、痛みの専門であるペインクリニックを紹介してもらいましょう。3ヵ月経つまでは帯状疱疹後神経痛とは診断されませんが、それまで待つ必要はありません。3ヵ月未満の「亜急性痛」でも治療には保険が適用されますし、この時期の疼痛緩和が帯状疱疹後神経痛への移行の鍵を握ります。なにより、痛みを速やかに緩和して、これまでの生活を取り戻すことが大切です。
帯状疱疹後神経痛の治療
ペインクリニックでの治療には、専門的な薬物療法に加えて、さまざまな方法があります。代表的な治療としては、「神経ブロック」です。神経ブロックは、痛みが起こっている神経節の根幹(硬膜外)、または自律神経(交感神経)へ、鎮痛効果のある薬剤を注射して痛みを改善するものです。神経ブロックは保険が効きます。
こうした治療は、やはり早めに行うほど効き目がいいという実感を持っています。しかしながら実際には、痛みが半年~1年続いてから相談に見える方が多いのが現状です。ペインクリニックになじみのない方も多いかもしれませんが、皮膚症状が消えてからも痛みが残る場合は、出来るだけ早く受診してほしいと思います。
帯状疱疹ワクチン
帯状疱疹は、一度かかった後も再発する可能性があります。水痘・帯状疱疹ウイルスは神経節に潜伏するからです。近年、50歳以上の帯状疱疹患者が増加傾向にあることから、帯状疱疹ワクチンの接種を呼びかけるようになりました。ワクチン接種の対象は、50歳以上の方です。
ワクチン接種により、水痘・帯状疱疹ウイルスに対する免疫力を高めて、帯状疱疹の発症を(完全ではありませんが)予防することができます。また、発症したとしても軽症で済み、帯状疱疹後神経痛などの後遺症の予防にもつながるというデータもあります。
現在ある帯状疱疹のワクチンは次の2種類です。
水痘ワクチン
弱毒化されたウイルスが含まれている生ワクチン。子どもに使う水ぼうそうのワクチンですが、2016年から帯状疱疹の予防目的として50歳以上の方を対象に使えることになりました。
注射は1回(皮下注射)です。ただし、妊娠中のかたや免疫抑制状態のかた(免疫機能に異常をきたす疾患のかた)、免疫力を抑制する治療を受けているかたは接種できません。費用は、医療機関によって異なりますが、4000~6000円でしょう。自治体によっては、費用を助成してくれるところもあります。水痘ワクチンが帯状疱疹の発症を51.3%、帯状疱疹後神経痛を66.5%予防するという研究報告があります。ワクチンの効果がどれだけ持続するかという確かなデータはなく、一般には3~5年と言われています。
帯状疱疹ワクチン
帯状疱疹予防のために独自に開発された、シングリックス®という不活化ワクチンです。注射は2回(筋肉注射で1回目の接種から2ヵ月後に2回目)です。このワクチンも50歳以上が対象です。帯状疱疹ワクチンの費用も医療機関によりますが、1回2万円弱~3万円弱でしょう。2回打つので、かなり高額となります。ただし、帯状疱疹ワクチンは、免疫機能に問題のあるかたでも接種でき、帯状疱疹の発症予防効果、帯状疱疹後神経痛の発症予防効果ともに80%以上とされています。
どちらのワクチンを打つべきか
帯状疱疹ワクチン・シングリックス®の大規模臨床試験(50歳以上が対象)では、プラセボ(薬が入っていない偽薬)を注射した人は、7500人余のうち210人、実薬を注射した人は7400人余のうち6人が帯状疱疹を発症したという結果でした。どのワクチンでも同じですが、予防効果は100%ではありません。ご自身の体調や費用対効果などもあわせて、ワクチンを打つべきか、打つとしたらどちらを選ぶかを考えることが大事だと思います。
私の病院には帯状疱疹後神経痛で苦しんでいる患者さんが多く、「二度とかかりたくない」という声がよく聞かれます。そうした場合は、再発予防の選択肢の一つとしてワクチンをお勧めしています。
また最近は、高齢者といっても皆さんお元気ですし、年金制度や定年制度も変わり、「70歳くらいまで働きたい」という人が増えてきました。「高齢になっても帯状疱疹のリスクを気にせず、バリバリ働きたい」という人にも、ワクチンは向くかもしれません。
帯状疱疹を予防する生活習慣
帯状疱疹の予防するためにできることは、やはり、「ストレスをためない」「働きすぎない」など、普段から免疫力を低下させないライフスタイルを心がけることではないでしょうか。ストレスをためない生活は、帯状疱疹に限らず、すべての病気の予防・健康維持につながります。今回、帯状疱疹についての関心を深めていただくと同時に、ご自身の健康管理にも目を向けていただけたらと思います。コロナ禍ではやや困難かもしれませんが、「人とのつながり」「楽しい会話」「笑うこと」も、ストレスを緩和し、健康を維持するうえでとても重要です。できる範囲で心がけましょう。
まとめ
帯状疱疹は、多くの人がかかるリスクを持ち、年齢を重ねるとともに発症リスクが上がる病気です。ストレスをためない生活習慣を心がけ、場合によってはワクチン接種という選択肢もあります。それでもかかってしまったときは、すぐ皮膚科に行きましょう。痛みが長引くときは、積極的にペインクリニックを受診してください。これを機に、近所の皮膚科とペインクリニックを調べておくといいでしょう。