【パーキンソン病の音楽療法とは】歩行障害の改善に有効 聴くだけでも効果があることがわかってきた

美容・ヘルスケア

パーキンソン病は、あらゆる神経疾患の中で最も薬の開発が進んだ病気ですが、リハビリテーションが重要です。パーキンソン病では「歩行リズム」に乱れが生じるため、音楽に合わせて歩行訓練を行うのが有効であること、さらに「音楽を聴く」だけでも効果があることがわかってきました。【解説】林明人(順天堂大学大学医学部 浦安病院教授・大学院リハビリテーション医学教授・順天堂大学大学医学部脳神経内科教授)

解説者のプロフィール

林明人(はやし・あきと)

順天堂大学大学医学部 浦安病院教授・大学院リハビリテーション医学教授・順天堂大学大学医学部脳神経内科教授。1981年、順天堂大学医学部を卒業後、同大学医学部脳神経内科入局。米国ウィスコンシン州立大学神経内科准教授、米国ワイズマンリサーチセンター客員研究員、筑波大学医学部臨床医学系神経内科講師などを経て、2008年より現職。著書に『パーキンソン病に効く音楽療法CDブック』(マキノ出版)などがある。

パーキンソン病とはどんな病気?

脳の神経伝達物質が減少し運動機能の障害が現れる

かつて「次第に体が動かなくなる怖い病気」とされていたパーキンソン病。近年の病態解明や薬の開発は目覚ましいものがある一方、いまだ症状の進行を止めることはできません。そこで、治療の中心となる薬物療法とともに、できる限り症状をよくするために重要なのがリハビリテーションです。

近年の研究で、パーキンソン病には脳内の「歩行リズム」の障害があり、音楽に合わせて歩行訓練を行うのが有効であること、さらに「音楽を聴く」だけでも効果があることがわかってきました。こうした音楽療法の効果について、順天堂大学大学院の林明人教授(リハビリテーション医学)にお話を伺いました。

[取材・文]医療ジャーナリスト 山本太郎

──まず、パーキンソン病はどんな病気なのか、お教えください。

パーキンソン病は、脳の神経細胞が変性し、手足がふるえたり、体が思うように動かなくなっていったりする、進行性の病気です。国内の患者数は、現在15~20万人と推計されます。70~80歳台では100人に3人と、高齢者ではその有病率が高くなります。

原因は完全には解明されていませんが、加齢に伴う脳の老化が大きく関わっています。

パーキンソン病は、脳内の神経伝達物質の1つである「ドパミン」の減少に伴って発症します。ドパミンは、体の動きをスムーズにしたり、バランスを取ったりするなど、運動の調節において重要な働きをしている物質です。

ドパミンは、中脳にある「黒質」という組織の神経細胞で作られます。誰でも加齢とともに、黒質の神経細胞が徐々に減っていくのですが、パーキンソン病ではその速度が速く、やがて十分なドパミンを作れなくなり、運動機能に関する症状が現れてくるのです。

次の4つが、パーキンソン病の4大症状と言われます。

パーキンソン病の4大症状

(1)手足のふるえ(安静時振戦)

パーキンソン病のふるえは、何もしないでじっとしているときに見られるのが特徴です。患者さんの70%くらいに最初の症状として現れます。

(2)筋肉のこわばり(筋強剛)

筋肉が緊張して硬くこわばり、手足の動きがぎこちなくなります。手足のほか、体幹の筋肉にも見られます。

(3)動きが悪くなる(無動・寡動)

動作を始めるまでに時間がかかり、動作そのものがゆっくりになって、俊敏な動きや大きな動作ができなくなります。動きそのものがなくなっていくこともあります。

(4)転びやすい(姿勢反射・歩行障害)

背中が丸まって前かがみになり、ひじやひざも曲がった姿勢が多く見られます。体のバランスが悪くなり、バランスを崩したときに立て直す反射的な動きも障害されるため、転びやすくなってしまうのです。

これら運動症状のほかにも、自律神経の機能が乱れることによる症状(便秘、頻尿、発汗障害)や、ドパミンの分泌が悪くなることによる精神症状(うつ、不眠、不安、認知症など)が起こることもあります。

パーキンソン病の治療

──治療はどのように行われますか?

治療の基本は薬物療法です。パーキンソン病はドパミンの不足によって起こりますから、脳内でドパミンに変わる物質や、ドパミンと同じような働きをする物質などを投与し、ドパミン不足を補って、症状をコントロールしていくのが、薬物療法の柱です。

実はパーキンソン病は、あらゆる神経疾患の中で、最も薬の開発が進んだ病気だといえます。効くしくみの異なる、さまざまな種類の薬が認可されており、それらを駆使して、よりよい症状のコントロールが望めるようになっています。

とはいえ、限界もあります。薬物療法の目的はあくまで症状のコントロールにあり、病気の進行を完全に抑えられるわけではありません。また、薬の服用期間が長期に及ぶと、次第に薬の効きも悪くなり、運動障害が強くなるという問題もあります。

そこで、リハビリテーションが重要なのです。

リハビリーテーションの重要性

脳内の「歩行リズム」に乱れが生じる

──リハビリテーションにはどんな方法があるのですか?

運動障害の現れ方はさまざまで、筋力の低下が強い人は筋力トレーニング、筋肉のこわばりが強く体が動かしづらい人はストレッチ、会話や嚥下(飲食物を飲み込むこと)の障害がある人は顔面や口・舌の運動といった具合に、各自に適した方法を行う必要があります。

その中でも、特に重要なのが歩行訓練です。歩けなくなれば社会生活も制限されざるを得ませんし、体を動かさないことによる機能の衰えも進みます。人との触れ合いが減ることで気分も落ち込みがちになります。

また、歩行障害があると転倒の危険が高まります。パーキンソン病で車いすや寝たきり生活に陥る最大の原因は、転倒による骨折です。

この歩行障害ですが、パーキンソン病では単に体が動かしづらいだけでなく、脳内の「歩行リズム」に乱れが生じることが知られています。

私たちは普段、特に意識せずに歩いていますが、歩行は左右の足を交互に前に出すリズムのくり返しです。体を動かす際には、大脳が運動の指令を出し、筋肉がそれに反応することで動きます。

パーキンソン病の患者さんは、運動指令のリズムが乱れているため、筋肉の動きも乱れて歩き方がぎこちなくなってしまうのです。

そのため、歩幅が狭くなる(小刻み歩行)、歩きだすと徐々に歩幅が狭まって前のめりになり、加速もついてしまって、うまく止まれない(突進現象)、歩こうとしても最初の一歩がなかなか出ない(すくみ足)といった問題が起こります。

正常な歩行リズム

大脳から大きく、ハッキリした運動指令がリズムよく出ると、歩行に関わる筋肉もしっかりと動き、スムーズな歩行ができる

パーキンソン病の歩行障害

大脳からの運動指令のリズムが小さくなったり、途切れたり、崩れてしまったりすると、筋肉の動きも乱れて歩行障害が起こる

ガイドラインも推奨する音楽療法の効果を実証

そこで以前から、音楽やメトロノームのリズムに合わせて歩行訓練を行うのが有効だと報告されていました。耳(聴覚)から入るリズム刺激を脳が歩行リズムの指標とすることで、パーキンソン病の患者さんもすくみ足が起こりにくくなり、歩行に調子がついて歩きやすくなるのです。

運動会の行進の様子を思い浮かべると、想像がつくでしょう。「イチ、ニ、イチ、ニ」といった号令や音楽に合わせて歩くことで、各自でバラバラだった足並みも揃ってきます。

リズムを取り入れた歩行訓練を行うと、その後もしばらく効果が持続することも知られていました。

そこで私は「必ずしも歩行訓練を行わなくても、歩行に適したリズムをくり返し聞いて脳に刺激を与えれば、歩行リズムを取り戻すのではないか?」と考えました。そして、独自にリズムを重視した音源を作成し、研究を開始しました。

その結果、やはり一定のリズムで脳を刺激するだけで、パーキンソン病の患者さんは歩きやすくなり、さらに気分が明るく、前向きになる効果も得られることが実証できたのです。

現在では、「パーキンソン病治療ガイドライン」(日本神経学会)にも、リハビリテーションとともに「音楽療法を試みるといい」と推奨されています。

音楽療法で改善が認められた

寝たきりだった患者さんが自分で歩けるように!

──具体的に、どんな改善が見られたのでしょうか?

行進曲に使用されるのは毎分120歩というリズムですが、実際に高齢者130名での速歩きした場合にも毎分120歩でした。そのリズムを背景に、クラシックや童謡などのメロディを重ねた音源を制作しました。

単にリズム刺激を与えるなら、メトロノームの音だけでもよさそうですが、それだけを延々と聴き続けるのは、苦痛にさえ感じるでしょう。リズムをつなぐメロディがあることで、メトロノームが刻むリズムも、長時間にわたり楽しく聴くことができます。一定のリズムとともに、美しいメロディも音楽療法に必要不可欠な要素なのです。
※実際に使われているものと同様の音源を下記のリンクより試聴できます。

【紹介動画】パーキンソン病に効く音楽療法CDブック 林明人(著)有坂尚純(音楽)マキノ出版

www.youtube.com

パーキンソン病に効く音楽療法CDブック」(YouTube動画)
「四季より『春』第1楽章」(ヴィヴァルディ)、「水上の音楽 第2組曲」(ヘンデル)、「フルートとハープのための協奏曲 第1楽章」(モーツァルト)、「春の小川」(童謡)、「ボレロ」(ラヴェル)などが聴けます。

次に、歩行障害のあるパーキンソン病の患者さん25名(平均年齢は70歳)を対象に、歩行訓練を行わずに、この音源を毎日1時間、3~4週間にわたり聴いてもらいました。

そして、音楽療法の開始前と後で歩行速度と歩幅、1分間の歩数を測定しました。その結果、いずれの数値も改善が認められました。

歩行速度は平均50.0m/分が58.2m/分と速くなり、歩幅は平均41.7cmが平均47.2cmと広くなり、1分間の歩数は平均117歩から120.8歩へと増加しました。さらに結果の分析を進めると、もともと歩行状態が悪かった人ほど、より高い改善率を示す傾向が認められました。

また、「うつ状態自己評価スケール(SDS)」という尺度を用いて、患者さんの気分の変化を見たところ、音楽療法後には、ほとんどの患者さんの点数が改善しました。

このスケールでは合計点数が40点未満を「正常」、40~49点以上を「うつ傾向」、50点以上を「うつ状態」と判定します。患者さん全体の平均点数は、音楽療法開始前は43.1点(うつ傾向)だったのが、音楽療法後は正常値内となる35点に低下しました。

その後、他の神経内科医と患者さんに協力してもらい、100名(平均年齢は69.6歳)を対象に行った調査でも、やはり歩行速度の改善やSDSの点数改善が認められました。

また、2005年には雑誌『安心』の協力で、簡易版の音楽療法CDを読者プレゼントし、アンケートに協力してもらいました。データ分析が可能な393例の回答を分析した結果、半数以上が「歩きやすくなった」と回答、7割以上の人が「気分が落ち着くようになった」と回答しています。

この調査を行った際、患者さんのご家族からこんな報告も受けています。

重症度を示す「ヤール重症度」がV度(車いすが必要、ほぼ寝たきり)の女性患者さんでした。ご家族が音源を聴いてもらったところ、ご自分から「歩いてみたい」と言い出されたそうです。そして、歩行訓練をしたら、なんと自力でトイレに行けるようになり、オムツを外すこともできたというのです。

この報告には私もびっくりしましたし、改めて音楽療法の可能性を感じたものです。

音楽を聴きながら歩行訓練を行うのもおすすめ

やや早めのテンポが効果を引き出しやすい

──音楽療法の効果をさらに高める方法はありますか?

ご紹介してきたように、音源を毎日聴くだけでも効果があるのですが、音楽を聴きながら歩行訓練を行うのもお勧めです。

歩行訓練は、やや速めのテンポで行う方が効果を引き出しやすいことがわかっています。とはいえ、歩行障害のある人がいきなり普段のリズムとかけ離れたテンポで歩こうとするのは無理があります。まずは、現在の自分の歩行リズムを調べてみましょう。

自分の歩行リズムを調べる

そして、現在の歩行リズムより1割(上の例の場合だと10歩)ほど速いテンポの曲に合わせて、歩行訓練を行うとよいでしょう。

歩くときに注意すべきポイント

また、パーキンソン病の患者さんの歩行は「前かがみ姿勢」「腕の振りが小さい」「すり足になる」といった特徴があります。

これを修正するため、できる範囲で「背すじを伸ばす」「腕を大きく振る」「ひざを高く上げ、かかとから着地」を意識しましょう。

なお、音楽療法を取り入れた歩行訓練に関心のある方は、まずはパーキンソン病を専門的に診ている、お近くの神経内科の医師にご相談ください。

■この記事は『安心』2022年3月号に掲載されています。

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