白内障の治療では、眼内レンズを挿入する手術を行います。眼内レンズは長年、ある一定の距離に焦点が合う「単焦点眼内レンズ」しかありませんでした。これに対し、2つ以上の距離に焦点が合うのが「多焦点眼内レンズ」です。2つや3つの距離以外は見えないわけではなく、もちろん連続して見えます。幅広く焦点が合う「連続焦点レンズ」とお考えいただければよいでしょう。【解説】ビッセン宮島弘子(東京歯科大学水道橋病院眼科教授)
解説者のプロフィール
ビッセン宮島弘子(びっせん-みやじま・ひろこ)
東京歯科大学水道橋病院眼科教授。眼科医。1981年慶應義塾大学医学部卒業、同大学病院眼科で研修後、3年間ボン大学(ドイツ)で白内障の新しい手術法を学び帰国。慶應義塾大学病院眼科科学教室助手、国立埼玉病院眼科医長、東京歯科大学市川総合病院眼科講師を経て、2003年より東京歯科大学水道橋病院眼科教授。日本およびドイツの医学博士の学位取得。監修書に『ウルトラ図解 白内障・緑内障:視力を失わないための最新知識と治療』(法研)などがある。
「多焦点眼内レンズ」とは
見える範囲が広い眼内レンズ
ほとんどの人が加齢とともに経験する白内障。目の水晶体が白濁してくる病気で、生活に支障をきたすようになると、手術が検討されます。
白内障の手術では、白濁した水晶体を取り除き、代わりに眼内レンズを挿入します。その眼内レンズは、以前はある一定の距離だけに焦点が合う「単焦点眼内レンズ」のみでしたが、近年、幅広い距離に焦点が合う「多焦点眼内レンズ」が普及してきました。
多焦点眼内レンズとはどういうもので、どんなメリット・デメリットがあるのか、その挿入手術はどのように行われるか、受ける際の注意点などを、東京歯科大学水道橋病院眼科教授・ビッセン宮島弘子先生に伺いました。
[取材・文]医療ジャーナリスト 松崎千佐登
──「多焦点眼内レンズ」とはどのようなものですか。
ビッセン宮島 白内障の治療では、白濁した水晶体を取り除き、代わりに眼内レンズを挿入する手術を行います。
ヒトの水晶体は、見る距離に応じて厚みが変わりますが、眼内レンズの厚みは変わらないので、術後、焦点の合う距離以外はメガネが必要になります。
眼内レンズは60年以上前に開発されましたが、長年、ある一定の距離に焦点が合う「単焦点眼内レンズ」しかありませんでした。
これに対し、2つ以上の距離に焦点が合うのが「多焦点眼内レンズ」です。日本では、2007年に遠近2つの距離に焦点が合う「2焦点レンズ」が、2019年に遠近に加えて中間的な距離にも焦点が合う「3焦点レンズ」が承認されました。
こうした2焦点レンズや3焦点レンズなどの総称が「多焦点眼内レンズ」です。多焦点レンズで物を見るときには、2つや3つの距離以外は見えないわけではなく、もちろん連続して見えます。実際には、幅広く焦点が合う「連続焦点レンズ」とお考えいただければよいでしょう。
──メリット・デメリットは?どんな人に向くレンズでしょうか。
ビッセン宮島 単焦点レンズはある距離に焦点が合い、それ以外はぼやけるので、ハッキリ見るにはメガネが必要です。多焦点レンズは、見える範囲が広いので、メガネが不要になるか、使う機会が少なくなります。これが大きなメリットです。
●単焦点眼内レンズの見え方
遠景はよく見えるが、手元や近景はボケている。
●多焦点眼内レンズの見え方
手元、近景、遠景がいずれもボケず、きれいに見える。
一方で、多焦点レンズには2つのデメリットがあります。
1つ目は、見える範囲は広いものの、見え方の質は多少落ちるということです。どのくらいクッキリ見えるかという度合いのことを「コントラスト感度」といいますが、多焦点レンズでは、それが10〜15%落ちるといわれています。
下の「あいうえお」の図でいうと、濃くクッキリした「あ」のように見えるのがコントラスト感度が高い状態で、右に行くほどそれが低くなった状態です。多焦点レンズでの見え方は、この図の「あ」と「い」の間くらいです。
実は、ほとんどの人は、この程度のコントラスト感度の低下には気づきません。最初は少し気になっても、脳による見え方の補正で気にならなくなります。
そもそも、白内障で視界がかすんだ状態から治療し、はるかにクリアに見えるようになるため、多くの人は問題を感じないのです。つまり、大部分の人にとって、コントラスト感度の低下はデメリットにならないわけです。
しかし、中には、その低下を敏感に感じ取り、クッキリ見えないことが気になる人がいます。そういう人にとっては、デメリットになるので注意が必要です。
2つ目は、夜、街灯や車のライトなどを見たとき、光に輪がかかったようににじんで見える「ハロー」という現象や、光が花火のように広がって見える「グレア」という現象が起こることです。
ハローやグレアは、単焦点レンズでも生じますが、多焦点レンズの方がより強くなります。これも、ほとんど気にならない人もいれば、非常に気になる人もいます。
こうした2つのデメリットがあることを承知した上で、できるだけメガネを使いたくないという人には、多焦点レンズが向いているといえるでしょう。
なお、多焦点レンズを使うには、目に白内障以外の病気がないことが基本的な条件です。他の目の病気があって、白内障治療に眼内レンズを使う場合は、単焦点レンズになります。
多焦点眼内レンズのメカニズムと種類
──多焦点眼内レンズのメカニズムと種類を教えてください。
ビッセン宮島 メカニズムから見た多焦点レンズには2タイプあり、1つは遠距離用と近距離用のレンズを組み合わせた「屈折型」というタイプです。一昔前の遠近両用メガネのようなしくみですが、瞳の大きさによってはその一方しか機能しなくなるという弱点があるため、最近はあまり使われません。
現在、圧倒的に多いのは「回折型」というタイプで、ミクロン単位の回折格子によって別々の距離に焦点が合うものです。
同じ回折型でも、多焦点レンズには非常に多くの種類(製品)があり、焦点の合う距離やコントラスト感度などに違いや特徴があります。大別すると、従来からある2焦点・3焦点レンズと、最近登場した「焦点深度拡張型」というレンズに分けられます。
前者は、メガネの必要性がかなり少なくなる半面、コントラスト感度がやや低めになります。後者は、焦点の合う範囲が単焦点レンズより広いものの、2焦点・3焦点レンズほどは広くなく、コントラスト感度の下がり方が少ないレンズです。つまり、メリット・デメリットがどちらも中間的なレンズといえます。
●多焦点眼内レンズの種類と特徴
屈折型
遠距離用と近距離用のレンズを組み合わせたタイプ。最近はあまり使われない。
回折型
【2焦点・3焦点レンズ】
メガネをかける必要性がかなり少なくなる半面、コントラスト感度がやや低めになる、ハロー・グレアが出やすいというデメリットもある。
【焦点深度拡張型レンズ】
焦点の合う範囲が単焦点レンズより広いものの、2焦点・3焦点レンズほどは広くない。コントラスト感度の低下が少ないのが利点。
手術は痛みもなく短時間でできる
──手術はどのように行われますか?
ビッセン宮島 手術の手順は、単焦点でも多焦点でも同じです。手術は、点眼薬(目薬)の麻酔を使った局所麻酔で行います。組織に十分、麻酔薬が浸透してから行うので痛みはありません。
全身麻酔ではないので、意識がある状態で行います。最近は、患者さんの要望があって条件的に可能なら、少し眠くなる薬を用いて、もうろうとした状態で手術することもあります。乱視用の眼内レンズを入れる場合は、正面を見たときのレンズの乱視軸を確認しながら手術を進めるので、覚醒が条件となります。
水晶体は、水晶体嚢という袋に入っています。まず黒目の縁を2mmほど切開し、そこから器具を入れて水晶体嚢に切れ目を入れ、中の水晶体だけを超音波で破砕しながら吸い取ります。残った水晶体嚢の中に、折りたたまれた眼内レンズを入れ、広げます。
昔はもっと大きく切開する必要がありましたが、現在は2mmの切れ目から直径6mmのレンズを挿入できるようになり、小さな傷で縫合もしないので、術後の回復が早くなっています。
手術時間は平均10〜15分です。術前のチェックや準備、術後の処置などを含めても、全部で2〜3時間で済み、現在では大部分が日帰りで行われます。
──眼内レンズはメンテナンスが必要ですか? 何年間くらい使えますか?
ビッセン宮島 メンテナンスは不要です。術後に炎症などが起こった場合、その治療が必要なこともありますが、レンズ自体のメンテナンスはいりません。一生もので、1度挿入すれば、ずっと使えます。
──何か不満などがあって、再手術を希望する人などはいますか?
ビッセン宮島 不満を抱く人は、全体の5%ほどおられます。視力自体は出ていても、前述したコントラスト感度の低下や、ハロー・グレア現象など、見え方に不満があるケースです。
どうしても不満な場合は、単焦点に替える再手術もできます。とはいえ、できるだけ再手術は避けたほうがよいので、事前に十分な説明を聞き、よく考えて決めましょう。
全国1000以上の医療機関で手術を受けられる
選定療養の対象医療
──多焦点眼内レンズを挿入する白内障手術の費用は?
ビッセン宮島 多焦点レンズを用いる白内障手術は、現在、「選定療養」の対象医療となっています。
選定療養とは、追加費用を負担することで、保険適用外の治療を保険適用の治療とあわせて受けられる制度です。白内障手術でいえば、単焦点レンズを入れる手術は、レンズ代も含めて保険適用ですが、多焦点レンズは選定療養の対象となっています。
単焦点レンズの治療費は、レンズ代と手術代を合わせ、保険点数1万2100点で、およそ12万円です。保険の条件次第で、その3割などの負担となります。
多焦点レンズを使う場合、多焦点レンズと単焦点レンズの差額が選定療養、すなわち自己負担となります。レンズの価格や各医療機関の設定によりますが、例えば当院では15〜25万円程度です。条件によってはもっと高くなる場合もあるので、事前によく説明を聞きましょう。
──どこで受けられますか? 医療機関を選ぶポイントは?
ビッセン宮島 現在、多焦点眼内レンズを用いた白内障治療の選定療養の登録医療機関は1000を越えています。大学病院や地域の基幹病院だけでなく、個人病院を含めて多くの眼科で対応しています。
その医療機関は、厚生労働省のサイト(※)に掲載されています。まずはお近くの医療機関に相談することを検討してみてはいかがでしょうか。
一般に眼科は、個人の医院でも高い技術を導入しているところが多いので、大学病院や大きな病院にこだわらなくてもよいでしょう。むしろ、きめ細かく相談でき、患者さんの疑問や相談に答えてくれる医療機関を選べば、より希望に沿った治療を、安心して受けられるといえます。
クチコミやインターネットなどで、ご自分に合いそうな医療機関を選び、1回で決められなければ、複数の眼科で受診してみるのもよい方法です。
■この記事は『安心』2022年4月号に掲載されています。