実は過活動膀胱を放置すると、もっと困る事態を招きかねません。それは「低活動膀胱」です。進行すると、膀胱が本来持っている排尿機能が失われ、水腎症や、ひいては、深刻な慢性腎臓病を招きます。【解説】堀江重郎(順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学主任教授)
解説者のプロフィール
堀江重郎(ほりえ・しげお)
順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学主任教授。泌尿器科医、医学博士。日米の医師免許を取得し、米国で腎臓学の研鑽を積む。腎臓病・ロボット手術の名医として知られる。
1日8回以上排尿する人は頻尿
皆さんは自分が1日に何回、排尿しているかを把握していますか?一般的に、正常なおしっこの回数は「1日に5~7回」ですから、1日8回以上トイレに行く人は、頻尿といえます。
頻尿になる原因はさまざまですが、特に多いのは「過活動膀胱」です。
名前のとおり、膀胱が過剰に活動して、おしっこの回数が増えたり、がまんできないほどの強い尿意(尿意切迫感)が急に起こったりします。我慢しきれず、失禁してしまうこともあります。
通常、膀胱にある程度の量の尿がたまるまで、尿意は起こりません。ところが、それほど尿がたまっていないのに、膀胱周辺の筋肉がピクピクと収縮し、それを尿意として感じてしまうのが過活動膀胱です。
過活動膀胱になるいちばんの原因は、加齢に伴って膀胱への血流が低下することで、膀胱の神経が傷ついたり、硬くなったりすることです。膀胱の柔軟性が失われ、尿を十分にためられなくなります。
過活動膀胱の患者数は推定820万人、そのうち失禁をともなう患者数は430万人にも上ります。
なお、過活動膀胱は「女性の尿トラブル」のイメージがあるかもしれませんが、実は男女比では男性のほうがやや多いのです。
ただし、尿失禁を伴う重症例は女性のほうが多くなります。女性は男性より尿道が短いので、膀胱の筋肉が突然収縮すると、尿道の力で抑えきれず、失禁しやすいからです。
男性では、前立腺肥大症に伴って過活動膀胱になることが多くなります。
過活動膀胱よりも怖い低活動膀胱
過活動膀胱の症状を自覚していても、「年のせいだから」とあきらめてしまう人も少なくないです。でも実は、過活動膀胱を放置すると、もっと困る事態を招きかねません。
それは「低活動膀胱」です。
これは膀胱の筋肉の力が低下して、うまく縮まらなくなり、たまった尿をスッキリ出せなくなる状態です。長い間、過活動膀胱で過敏に働き続けた筋肉が疲れて衰えてしまって働きが弱り、低活動膀胱になるのです。
膀胱の筋肉の収縮が起こらなくなると、尿意をあまり感じなくなります。過活動膀胱によって頻尿で困っていた人は「よくなった」と勘違いすることもありますが、そうではありません。
低活動膀胱が進行すると、膀胱が本来持っている排尿機能が失われ、膀胱はただ尿をためるだけの袋になってしまいます。
そうなると、うまく排尿できなくなって、膀胱に絶えず尿がたまってしまいますから、細菌感染症や結石症が起こりやすくなります。
一方、腎臓には絶えず血液が流れ込んで、尿が作られて膀胱に送り込んでいます。そうして膀胱に尿が入りきらなくなると、腎臓がふくらむ「水腎症」になり、腎臓の機能が低下します。ひいては、深刻な慢性腎臓病を招きます。
低活動膀胱になると、現在の医学では有効な治療法はありません。尿道にカテーテルを入れて強制的に排尿するしかなくなります。その上、慢性腎臓病になれば、人工透析が必要になるかもしれません。
何もしていないのに、近かったトイレが遠くなったら、かえって危険と思ってください。
低活動膀胱に陥ってしまわないためにも、過活動膀胱の兆候が現れたら、早めに対処することがとても大切です。
おしっこ我慢で頻尿は改善!
過活動膀胱の治療は、薬物療法が一般的です。膀胱の神経過敏を抑える薬や、膀胱の柔軟性にかかわる薬、漢方薬などが用いられます。また近年では、電気や磁気による刺激を用いて、急な尿意が起こりにくくする治療法も開発されつつあります。
ここでは、自分でできる改善策として「おっしこ我慢」をご紹介します。
おしっこ我慢といっても、トイレに行きたいのを無理に我慢するわけではありません。トイレには行ってください。ただし、そのときにすぐに排尿せずに、肛門を締める感覚でお尻の筋肉にグッと力を入れ、10秒ほど我慢することを習慣にしてください。
朝の起床時や寝る前にも「肛門をギューッと10秒ほどかけて締め、10秒キープして、ゆるめる」ことを10回くり返すのを習慣化しましょう。
膀胱の筋肉そのものは、私たちが意図的に動かすことはできません。しかし、下腹部の筋肉を意識して動かすと、間接的に膀胱の筋肉をストレッチできるのです。筋肉がほぐれると、膀胱への血流もよくなります。
これを継続すると、十分に尿をためられる軟らかい膀胱になるので、尿をためられるようになり、頻尿も改善できます。
ただし、前立腺肥大症のある人にはこれはお勧めできません。かえって出血を招く可能性があるからです。前立腺肥大に関しては、別記事(前立腺肥大症予防にスクワット)に詳しく述べますので、そちらをご参照ください。
頻尿を改善する「おしっこ我慢」のやり方
行うタイミング
その一 ▶︎ 起床後と就寝前
その二 ▶︎ 強い尿意を覚えるとき
やり方
◎座っていても、立っていてもいいので、まず5分間尿意を我慢するよう心がける。
◎慣れてきたら、10分、15分と少しずつ我慢する時間を延ばす。
◎おしっこ我慢を行っている最中に、肛門を締めると尿意が紛れるので、同時に行うとよい。
肛門締めのコツ
10秒間肛門に力をギューッと入れた後、1秒力を抜く。これを10回ほどくり返す。
お勧めの食品とNGの食品はこれ!
ところで、頻尿は体形と深い関係があります。端的に言えば「太っている人ほど頻尿になりやすい」傾向があるのです。
私たちの体内では、食べ物を代謝してエネルギーを作り出すときに、副産物として「活性酸素」が生じます。活性酸素が増えると、体内で酸化ストレスが強まります。
酸化とは、要するに「サビる」こと。食べすぎて活性酸素の発生量が増えると、体がサビやすくなるわけです。
酸化ストレスによって細胞がサビると、膀胱で作られる「一酸化窒素」が減ります。一酸化窒素は膀胱の柔軟性を保つ働きをしており、減ってしまうと膀胱が硬くなり、頻尿につながります。
活性酸素の害を防ぎ、膀胱の健康を守るためには「食べすぎは厳禁」なのです。
また、過活動膀胱がある人は利尿作用のある食品や、刺激のある食品、酸化ストレスを与える食品は避けたほうがいいでしょう(下の表を参照)。完全に断つ必要はないまでも、取りすぎには注意してください。
一方、先ほど述べた一酸化窒素の材料となるアミノ酸の「アルギニン」や「シトルリン」を多く含む食品はお勧めです。
アルギニンはカツオ、アジ、イワシ、サバ、エビ、ホタテなどの魚介類に多く含まれます。シトルリンは、スイカやメロン、ゴーヤ、キュウリなど瓜科の植物に多く含まれます。
最後に、トイレに頻繁に行きたくないからと水分摂取を控えるのはNGです。加齢に伴う頻尿や尿失禁は膀胱の機能低下に原因があるため、水分摂取を控えても有効ではありません。
むしろ、体が水分不足になると、頻尿や尿失禁よりも深刻な不調や病気につながりかねません。
水分は1日に1.5~2Lを目安にとるようにしましょう。これにはみそ汁やスープなど料理に使われる水分も含みます。
《過活動膀胱の人が避けるべき食品リスト》
・コーヒー、紅茶、緑茶、エナジードリンクなどカフェインを含む飲み物
・アスパルテームなどの人工甘味料
・スパイス
・柑橘系の果物
・チョコレート
・アルコール
これらはより利尿作用が高かったり、刺激が強かったり、酸化ストレスを与えたりします。過活動膀胱の人は避けるようにしましょう。