食べ物に心から感謝して食材を重ねる。それが私が学んだ、重ね煮をおいしくする最大の秘訣です。口にした瞬間に幸せになる重ね煮を、ぜひ皆さんも召し上がってください。【解説】船越康弘(自然食料理人・「百姓屋敷わら」「WaRa倶楽無」代表)
解説者のプロフィール
船越康弘(ふなこし・やすひろ)
自然食料理人・「百姓屋敷わら」「WaRa倶楽無」代表。1956年、岡山県生まれ。20歳の時、食養を世界に広めた桜沢如一氏の思想に出会い、食べ物を変えると人生が変わることを実感。その後、食養料理の大家・小川法慶氏に師事。1986年、岡山県・吉備高原の山奥で自然食の宿「百姓屋敷わら」を開業。自然食を単なる健康志向ではなく、幸せと感謝の生き方に進化発展させる。2000年、ニュージーランドに移住し、「オーベルジュわらNZ」を開業し成功させる。2006年、日本に拠点を戻し「WaRa倶楽無」を開業。全国で講演会や、料理教室などを行っている。著書多数。
鍋の中で食材が調和する
別記事:「重ね煮」の作り方→
こんにちは。私は岡山県・吉備高原の山奥で、食をゆったり楽しんでもらう宿「WaRa倶楽無」を営む、料理人の船越康弘です。今回紹介する「重ね煮」は、WaRa倶楽無の定番メニューです。
重ね煮を作るのに技術はいりません。材料を切って、ただ重ねればいいんです。そうすればあとは、鍋の中で勝手においしくなります。
弱火で30、40分。いいにおいがしてきたら火を止めるサインです。食材の量はあくまで目安。皆さんの「勘」で自由に変えてもらってかまいません。
甘くておいしい重ね煮に、初めて食べるかたは驚くかもしれません。「体にエネルギーが湧いてくる」「体が温まる」という感想もよくいただきます。実際、重ね煮を食べてからオーリングテスト(※1)をすると、100人中100人の指にグッと力が入ります。
おいしさの秘密は、鍋に食材を重ねる順番です。重ね方の基本は、「上に伸びようとするものは下へ、下に伸びようとするものは上へ」。例えば、葉っぱは上に向かう力で成長しますが、根っこは下に向かう力で成長します。
そこで鍋の中で葉物を下、根菜を上にして重ねると、それぞれのエネルギーが仲良く調和するのです。食材が調和するから、重ね煮はおいしくなるというわけです。
※1 診断される人が指で輪を作り、診断する人が輪を引っ張って、輪が離れるかどうかでエネルギーを診断する方法。輪が離れないときは、エネルギーが高くなっている状態とされる。
衝撃の味に涙が止まらなかった
私はもともと病弱で、小中と、体育がほぼ受けられない子どもでした。それが20歳のとき「食事を変えれば運命が変わる」というマクロビオティック(※2)の創始者・桜沢如一先生の言葉と出会って、人生が一変。
先生の本に書いてあった玄米菜食を実践すると、体がどんどん元気になりました。頭もスッキリして、成績の悪かった私が本をたくさん読めるようになりました。
健康を取り戻した私は、子どもの頃から料理好きだったこともあり、玄米菜食を教えているいろいろな先生に料理を習いました。
しかし、どの先生の料理も、正直おいしいと思えなかったのです。私はウソがつけないので、つい「まずい」と言ってしまいました(笑)。
すると「お前の体が間違っている!」と言われたのです。無農薬野菜に有機栽培の国産大豆で作ったみそとしょうゆを使っているのに、まずいわけがないと。私は舌には自信があったので、そう言われても納得できません。
そんなときに出会ったのが、桜沢先生の直弟子で、重ね煮の創始者でもある小川法慶先生でした。ある講演会で小川先生はこう言いました。
「人間、まずいものを食べていたら健康になれない!」
衝撃でした。当時、玄米菜食を勧めている先生で、そんなことを言う人に初めて会ったからです。
「なんちゅうことを言うんや、この人は!すごいぞ!」
興味をもった私は、先生の料理教室に参加。先生の作った料理を食べて、再び大きな衝撃を受けました。
「玄米菜食って、野菜ってこんなにおいしいんだ……!」
先生の料理は五臓六腑に染み渡るおいしさで、体が温まってエネルギーが湧いてくるのがわかるのです。これまで食べたものとは、まったく次元の違う味と感覚でした。
そして先生の作った重ね煮を口にしたとき、私は涙が止まらなくなりました。その日のうちに、先生の内弟子になることを決め、先生の住む長崎までついていったのです。
※2 桜沢如一氏が創始した、食事で体を健康にする食事法(食養)やその思想のこと。「人生の目的は、やりたいことを堪能するまでやり抜き、自由で楽しい人生を生き、周りの人を楽しませること」という桜沢氏の言葉は、船越氏に大きな影響を与えた。
おいしさの秘訣は食材への感謝心
先生のもとで日々の食事は、もちろん玄米菜食でした。それが修行の最終日になって、先生は私に中華料理を腹一杯食わせてくれたのです。玄米菜食の世界ではよくないと言われているお肉もあれば、砂糖も使っています。私は困惑しました。
「どうだった?」
「はい、おいしかったです……」
「それでいい!」
当時はチンプンカンプンでしたが、それから十数年たち、先生の意図がようやくわかりました。
中華料理は、中国の人々が4千年かけて作り上げてきた文化です。たしかに玄米菜食は体にいいかもしれませんが、その正しさをもって中華料理という文化を否定することは、傲慢以外の何者でもありません。
「正しい」「間違っている」というジャッジを手放し、すべてを受け入れること。そうして生まれるのは、目の前の食べ物に対する「ありがとう」という感謝の気持ちです。
今ここにニンジンがあるのは、種を蒔いてから約120日、太陽と空気、水と土、土の中の微生物や鉱物があったおかげです。これらが1日でもなかったら、ニンジンの命が永らえることはありませんでした。
ニンジンには、120日間の天地の恵みが凝縮しています。120日間の天地の恵みが体に入ることで、私たちは生きることができるのです。
だったらまずは、天地の恵みにありがとう、私たちのために小さな命を投げ出してくれたニンジンにありがとう。それが最低限の礼儀だと思うのです。
食材に感謝して料理をすると、食材は必ずそれに応えてくれます。
小川先生は私にこう言いました。
「人間に人情があるように、ニンジンにもニンジン情がある。一生に一度しか出合えない食材と、失礼のないように出合い、失礼のないように調理し、失礼のないように食べ、失礼のないように生きる。これが生きることだ」
食べ物に心から感謝して食材を重ねる。それが私が学んだ、重ね煮をおいしくする最大の秘訣です。口にした瞬間に幸せになる重ね煮を、ぜひ皆さんも召し上がってください。
別記事:「重ね煮」の作り方→