医療用マスクや、花粉対策マスクなどこれまで様々なマスクが出回ってきました。しかし、つい最近まで、マスクの品質を保証する国基準の規格は定まってなかったのです。2021年6月にマスクの品質の指標になる日本産業規格「JIS T9001」が制定されました。認定第一号はアイリスオーヤマのナノエアーマスク(同社調べ)。今回はマスクのJIS規格とはどのようなものかをお話ししましょう。
JIS規格とは
JIS規格というのをご存知ですか。私がJISを知ったのは鉛筆です。鉛筆に金色、銀色で印刷されたJISマークはとてもキレイでしたので、調べる気になったのです。
私が小学校(1970年代)当時の名称は「日本工業規格」。略称は「JIS規格」。その工業製品が必要な機能を規定したモノということでした。JIS規格は、2017年に日本の国民総生産でサービス業ウェイトが70%を超えたために、「日本産業規格(JIS=Japanese Industrial Standards)」と名前を変えました。でも略称は同じ「JIS規格」です。
ある工業製品はあるレベルの品質をクリアしないと、人命に関わることがあります。このためメーカーは、自社で品質規格を設け、人命に関わる事故が起きない様にします。先進国にあるメーカーでは、技術力もあるので、どんどん厳しくして行きます。このため、品質が多様化、複雑化する傾向にあります。ただ、十分な品質でないにもかかわらず生活するために出荷してしてしまうメーカーもあるのが現実です。
こんなことが起きない様に、メーカーは、その製品の「工業会」を作り、トラブルが起きない品質とはを決めます。これが「工業会規格」です。しかし、工業会メンバーでなければ、この規格を守らない場合があります。
それに対し、JIS規格は国の基準。全メーカーに適用されます。
マスクの品質は定められていなかった?
お医者さんがしているマスクには「医療用」と書いてあるマスクがあります。実はこれ、JISが制定されるまでは自称だったのです。要するに「各メーカーが自分で定義して称していた」わけです。とはいえ、多くの場合はアメリカの規格を持ってきます。それと照らし合わせて称するわけです。
大きなトラブルが起きなかった理由は、マスクの位置づけが「最後の砦」ではなく、「簡易」防具だったことにあります。例えると、頭を守るのにヘルメットではなく、帽子を用いる様なものです。ないよりはあったほうがいい。少なくともヘルメットより快適で、動きを妨げない。しかし、守りきれない瞬間がある。マスクはそんな感じの位置付けでした。
マスクの品質認定
花粉症から始まった認証
しかし、日本では大変な病気があります。「花粉症」です。スギ花粉のサイズは、30〜40μm。これを防ぐために春先、マスク着用者がすごく増えます。
これを数値化したのが、「花粉粒子補修効率」です。そして、花粉に関しては、新しいマークもあります。「花粉問題対策事業者協議会」(以下、JAPOC(ジャポック))が制定した花粉問題対策のシンボルマークです。そして、JAPOCが制定した規格を満たした製品・用品に付与される認証マークでもあり、マスクのパッケージに表示されることもあります。
これが付いているマスクは、正しい装着をしている限り、ほとんど花粉を吸い込まずに済むと言うことです。
ウイルス感染症に対する品質
そして次はウイルス感染症に対する品質です。
ウイルスが怖いのは、その増え方です。細菌は人間と同じ細胞基準。このため細胞分裂で増えます。1→2→4→8と倍々に増えます。これは人間の白血球も同様ですから、人間の免疫システムが遅れをとることはありません。しかし、ウイルスは細胞を持ちません。増える時は、宿主の細胞に入り込み、コピーを大量に作ります。1→20→400→160000と言った感じです。
要するに体を防御する白血球は数で後手に回るのです。ウイルスも増殖はだんだん頭打ちになりますので、白血球などの増殖が追いつき、最優的には対応できる形になります。ですが、初めの白血球の数が少ない間は、ウイルスが大攻勢を掛けます。ここを乗り切るのは、基本体力となります。また、この時医者にかかっても特効薬がない場合、熱を抑えるなどの対処療法で、体力を温存するしかありません。
そんな怖いウイルス感染症ですが、感染は基本3つに分かれます。「接触感染」「飛まつ感染」、そして「空気感染」です。
マスクには、飛沫を拡散させない、直接受けない機能があります。ただし飛沫のサイズは、小さいものは1〜5μmと言われています。要するに、飛沫感染によるウイルス防御を目的としたマスクは、その機能を備えておかないといけません。例えば、アベノマスクはその機能は持ちません。スカスカです。マスクへの啓蒙と言う意味はあるのかも知れませんが、現場では役に立ちません。
マスクの表示にある「PFE」「BFE」「VFE」ってなに?
販売されているマスクには、全部ではありませんが、パッケージに「PFE」「BFE」「VFE」という、アルファベット3文字の略称が表示されていることがあります。
それぞれ、PFE:微小粒子捕集効率、BFE :バクテリア飛まつ捕集効率、VFE:ウイルス飛まつ捕集効率のことです。
と書いてもわかりにくいので、花粉も含めて、どのくらいのサイズでテストしているのかを書いておきます。
花粉粒子補集効率(花粉) | 試験粒子:約30μm |
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バクテリア飛まつ捕集効率(BFE) | 試験粒子:黄色ブドウ球菌の懸濁液 約3μm |
ウイルス飛まつ捕集効率(VFE) | 試験粒子:バクテリアオファージ 約1.7μm |
微小粒子捕集効率(PFE) | 試験粒子:ポリスチレン粒子 約0.1μm(PM0.1) |
つまり、PFEが一番小さいサイズまで防御してくれるのです。ちなみに、掃除機の排気フィルター、空気清浄機のフィルターで有名な「HEPAフィルター」は、0.3μmまでの微粒子をトラップします。ですから、不織布マスクがどんなに高性能か、コーヒーフィルターなどでは代用できないかがお分かりいただけると思います。
また、「これなら微小粒子捕集効率(PFE)をクリアすると全部OKという」人もいられるかもしれません。しかし、日本衛生材料工業連合会の定めるJIS適合申請の表示ガイドラインにおいて、捕集性能により標ぼうできる効果内容が異なりますので、各試験を実施しなければならないとあります。要するにきちんと個別テストしないと、表示してはいけないのです。
品質試験は、三段論法ですると、間違いが出ることがあります。人間は全てを知っているわけではありません。このため品質のような大事なところは、手間でも一つ一つテストをする必要があるのです。
JISは花粉、PFE、BFE、VFEのどれかクリアすればいい
さて、今回のJIS、JIS T9001は、この「花粉」「PFE」「BFE」「VFE」および、「圧力損失」「有機ホルムアルデヒド」「アゾ化合物」「蛍光」の基準をクリアしていることです。
「圧力損失」と言うのは「通気抵抗」のことです。もっとわかりやすく言うと、「マスクをした時の息苦しさ」です。このため、思い切り細かなフィルターを搭載したマスクには、小型モーターで空気を取り込むモノもあるくらいです。JISでは「通気性」と表記されます。
そして「有機ホルムアルデヒド」「アゾ化合物」「蛍光」は、人間に有害な化学物質です。「アゾ化合物」「蛍光」は、染めるときに用いられます。これがマスクに付着していると危ないです。JISでは「安全衛生」と表記されます。
これをクリアできれば、JISに適合している旨をマスク・パッケージに表示できます。
しかし、実は、「PFE」「BFE」「VFE」「花粉」の4つのうち1つと「通気性」「安全性」をクリアするとJIS適合マスクといえます。
えっと思う人もいるかも知れません。
しかし問題はありません。この4つに関しては、個別に適合判定がきちんと記載されるからです。
また、これに関しては次のようにもいえます。
例えば、最も大きな「花粉」だけクリアしたとしましょう。それはマスクとして価値がないのでしょうか? いえ、コロナ禍ではない春先においては、花粉症の人にとってはおおいに価値があります。要するに「花粉対策用マスク」として、きちんと売れば良い訳です。
最初のJIS認定はアイリスオーヤマ
「JIS T9001」認定1号の「ナノエアーマスク」の表示は?
では、パッケージには、他にどんなことが書いてあるのでしょうか?今回、いち早くJIS規格に認証されたアイリスオーヤマの「ナノエアーマスク」で確認してみましょう。
パッケージの表面には「商品名」と「特徴」が書かれています。表面はユーザーにアピールする面ですから、当たり前です。また、マスクの場合は、衛生のため、中を守ため、密閉包装されています。このためイメージイラストを入れています。ナノエアーマスクは、ウイルスを通過させないことと、通気性を両立させたマクス。そのイメージのイラストです。
加えて「7枚入り」「ふつう サイズ」「日本製」。日本製が目立つ様に書かれているのは、日本製=高品質のイメージがあるからです。
では裏面です。裏面はキャッチーな言葉が並ぶ表面とは違い、特徴の説明を含む、いろいろ説明が並びます。「特徴の説明」、そして「マスクの使用法」が書かれています。どんなモノでも、予定された効果を出すためには、理にかなった方法で使用する必要があります。マスクの場合は難しくありません。その取扱説明書です。
次には、PFE、BFE、VFEの説明が掲載されています。と言うのは、JISの認証表示の中には、PFE、BFE、VFEが出てくるのですが、説明が全くないため、その解説があります。そして、「JISの認証表示」、マスク工業会の上の組織でもある「(一社)日本衛生材料工業連合会の環境情報」「JAPOCの認定マーク」が表示されています。
付け加えて、「使用上の注意」「(一社)日本衛生材料工業連合会の規定表示表」そして「全国マスク工業会の会員マーク」。
そして「事業者名(アイリスオーヤマ)」、そしてトラブルの時役に立つ「アイリスコールの電話番号」「リサイクルマーク」です。普段使わなくても、どんなことが書いてあるのかを認識しておけば、時々助かることがあります。
なぜ「ナノエアーマスク」が一番にJIS認定されたのか
今回、一番に認定されたアイリスオーヤマ「ナノエアーマスク」ですが、何故一番に認定されたのでしょうか? それは国産、かつ第三者機関のテスト結果もあったからです。
この手の話が来ると、多くの場合、工場の品質保証部が中心になってことを進めます。しかし、特に面倒くさいのは、材料(マクスの場合は不織布)を外から調達している場合です。降ってわいた様な話なので対応が遅いのです。
一方、アイリスオーヤマは、不織布も自社で作っています。関係書類もすぐ集まったことと思います。そして、ナノエアーマスクは、元々第三者機関で、花粉、PFE、BFE、VFEのテストを行いクリアしています。JISの担当も、やりやすかったと思います。
ちなみに、この夏、私もナノエアーマスクを使い続けました。というのは、ここまでの防御力を通していながら、息苦しくないからです。ナノエアーマスクは「通気性」が抜群にいいのです。猛暑の中、他メーカーのはちょっと使えませんでしたね。
なお、アイリスオーヤマのマスクは100を越す品番があるそうです。ただし、原材料を混ぜる品番はないそうですから、中国製、ベトナム製が混ざっているなどはなく、全部日本製です。今後、全マスクで、JIS認証を進めるそうですが、終わりは来年後半だとか。パッケージ変更もしなければなりませんので、お金も時間もかかります。
ちなみに、9月に出荷の始まったシャープの立体マスク「クリスタルマスク」は、認証申請中。パッケージへの記載も含めて、今しばらくゴタゴタしそうです。
今後は「日本製」以上に「JIS認定」が重要になる
コロナ禍でマスクは必需品とされていますが、長引いている上に暑さで、どうしてもルーズになります。ある音楽イベントで、オシャレでないということで「不織布マスクNG」を呼びかけていたと報道されていました。(真意は、ダンス音楽イベントなので不織布マスクだと息苦しすぎて外されるかも知れない。それはNGなので、息苦しくないマスクをつけてください、ということだったそうです。)
しかし、ウイルスの拡散防止・防御を考えるなら、「VFE」はクリアしてないと意味はありません。確かにオシャレではないでしょうし、基本再利用もできません。しかし、再利用不可(ディスポーザブル)というのは、衛生、安全、経済で揉まれてきた医療で採用されたモノでもあります。そして何より、直接飛まつを体に付けないのは重要なことです。
今後、「JIS認定品」という文言は、「日本製」に代わって表面に出てくると思います。国民の安全を確保するために、今回定められたマスク用のJIS。大いに活用したいモノです。
◆多賀一晃(生活家電.com主宰)
企画とユーザーをつなぐ商品企画コンサルティング ポップ-アップ・プランニング・オフィス代表。また米・食味鑑定士の資格を所有。オーディオ・ビデオ関連の開発経験があり、理論的だけでなく、官能評価も得意。趣味は、東京歴史散歩とラーメンの食べ歩き。