筋肉量が減り筋力が低下することは、やがて生命を脅かすことにつながります。サルコペニアになり、やがてフレイルに陥る、この悪循環を「フレイル・サイクル」と呼びます。フレイル・サイクルが進行すると、寝たきり・要介護へとつながります。転んで骨折したり、とくに大きな病気をしたりしているわけでもないのに、寝たきり・要介護へジリジリと進んで行ってしまうところに、フレイル・サイクルの怖さがあります。「サルコペニア」「ロコモ」「フレイル」の関係について、書籍『いのちのスクワット』著者で東京大学名誉教授の石井直方さんに解説していただきました。
解説者のプロフィール
石井直方(いしい・なおかた)
1955年、東京都出身。東京大学理学部生物学科卒業、同大学院博士課程修了。理学博士。東京大学教授、同スポーツ先端科学研究拠点長を歴任し現在、東京大学名誉教授。専門は身体運動科学、筋生理学、トレーニング科学。筋肉研究の第一人者。学生時代からボディビルダー、パワーリフティングの選手としても活躍し、日本ボディビル選手権大会優勝・世界選手権大会第3位など輝かしい実績を誇る。少ない運動量で大きな効果を得る「スロトレ」の開発者。エクササイズと筋肉の関係から老化や健康についての明確な解説には定評があり、現在の筋トレブームの火付け役的な存在。
▼石井直方(Wikipedia)
▼専門分野と研究論文(CiNii)
本稿は『いのちのスクワット』(マキノ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
筋肉が衰えると生命が脅かされる
筋肉量が減り、筋力が低下することは、やがて生命そのものを脅かすことにつながります。
サルコペニア
「サルコペニア」という言葉を、みなさんもどこかで耳にしたことがあるかもしれません。サルコペニアとは、「加齢に伴って筋肉量が減少し、筋力が低下すること」をいいます。
ギリシャ語で、筋肉を意味する「sarx(sarco:サルコ)」と、喪失を意味する「penia(ぺニア)」を合わせた言葉です。
サルコペニアが進行して足腰が衰えていくと、次に懸念されるのが、「ロコモ」や「フレイル」という状態です。
ロコモ
「ロコモティブシンドローム」、略して「ロコモ」とは、「運動器の機能が低下して、自力で思うように移動することができなくなった状態」のことをいいます。
「運動器」とは、筋肉や骨、関節、神経など、体を動かすために必要な器官のことです。サルコペニアは、いうまでもなく運動器としての筋肉の機能低下をもたらします。足腰の筋肉がどんどん細く、弱くなっていくと、ふらふらして、歩くときの歩幅が狭くなります。高齢者では、こうして歩幅が狭くなればなるほど、転倒の危険性が高まるというデータが出ています。
しっかりと広い歩幅で歩くためには、太もも前面の大腿四頭筋と、大腰筋(腰椎から太もものつけ根に伸びている深層筋)が太いことが重要です。
この2つの筋肉は、いずれも加齢に伴って衰えやすい筋肉です。さらに、使われていないとどんどん弱っていきます。したがって、加齢とともに歩幅が狭くなり、転びやすくなるのです。転倒による骨折は、高齢者が要介護となる要因のうち約12%を占めています。
フレイル
「フレイル」とは、「心身の機能が大きく低下しつつある虚弱状態」を指します。
サルコペニアやロコモによって、運動機能が大きく低下し、活動量が減少することで、「フレイル」と呼ばれる状態に近づいてゆきます。
サルコペニアは、筋肉量の減少で身体機能が低下した状態ですが、フレイルは、身体機能の低下に加えて、認知機能や栄養状態、日常生活の活動性などが全般的に低下した状態です。身体的健康、心理的健康、社会的健康の三者が脅かされている状態で、介護が必要になる前段階です。
ただし、この段階では、努力しだいで元の健康な状態に復帰することが可能です。
本稿は『いのちのスクワット』(マキノ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
「サルコペニア」「ロコモ」「フレイル」の関係
フレイル・サイクル
サルコペニアになると、本人も気がつかないうちに、活動性が下がり、外出の機会が減ります。活動性が低下すると、消費エネルギーも減りますから、食欲が低下し、低栄養となり、体重が減少。それがさらにサルコペニアを進行させるというパターンに陥ります。この悪循環が回っていくうちに、やがてフレイルに陥ります。この悪循環を「フレイル・サイクル」と呼びます。
やがて、外に出なくなることで、社会的な孤立も起こります。家にひきこもり、うつになったり、認知症になったりするリスクが増大します。
フレイル・サイクルが進行すると、寝たきり・要介護へとつながります。免疫力が低下したり、病気全般への抵抗力が低下したりしますので、ちょっとしたきっかけでも生命が脅かされます。
転んで骨折したり、とくに大きな病気をしたりしているわけでもないのに、寝たきり・要介護へジリジリと進んで行ってしまうところに、フレイル・サイクルの怖さがあります。
フレイル・サイクルに陥らない、もしくは、フレイル・サイクルに入っていても、その悪いサイクルを断ち切るためには、できるだけ早期に、サルコペニアやロコモの状態を改善する必要があります。筋肉の衰えを何とかしないことには、悪いサイクルからは抜け出せません。
フレイル・サイクルの概念図
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なお、本稿は書籍『いのちのスクワット』(マキノ出版)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。筋トレは、いくつになっても始めることが可能で、いくつになっても効果をもたらします。90代のかたも決して例外ではありません。著者の石井直方先生が、がんの治療中に行っていたスクワットも、スロースクワットだったと言います。「入院中のスクワットは、まさしく私のいのちを支え続けたといっても言い過ぎにはならないと思います」(石井直方さん)。本書は「スロースクワット」の効果と方法について、石井直方さんご自身の体験もふまえながら、一般の方向けにやさしく解説した良書です。詳しくは下記のリンクからご覧ください。
※(2)「【筋繊維の2タイプ】速筋と遅筋 加齢で衰えるのはどっち? 足のもつれ・つまづきに注意」の記事もご覧ください。