コロナ禍にあってブルワリー(ビール醸造施設)を併設した飲食店の開業事例が増えてきた。その要因は、クラフトビールの市場を支えているのが若い世代でありビジネスとしての持続性が期待できること。そして、これまでブルワリーという大きな投資に踏み切れなかったものが事業再構築補助金によって可能になったことが挙げられる。この事業の先駆者であるライナでは、このような背景から、ブルワリーパブの開業希望者に向けたコンサルティングの事業も手掛けるようになった。
ブルワリーパブの開業事例が増加
今日ブルワリー(ビール醸造施設)を併設した飲食店の開業事例が増えてきた(これを「ブルワリーパブ」と言う)。この要因はまず、クラフトビールのファンが若い世代に多いこと。全国のクラフトビールメーカーが一堂に集まるビアフェスはコロナ禍で開催されていないが、2019年までのビアフェスの会場には20代、30代の男女が集まっていたものだ。
そしてもう一つは、事業再構築補助金という制度が存在していること。事業者が思い切った事業再構築の事業計画をまとめると、まとまった金額を受け取ることができる。これまでブルワリーパブを経営してみたいと思っていても、この施設を構えるための投資がかさむために決断に踏み切ることができなかったものが、その夢を実現することが可能になった。
出店は一等地でなくてよい
これは筆者の印象であるが、クラフトビールは人を呼び寄せる力がある。この飲み物は酔っ払うためのものではなく「嗜好品」。クラフトビールの種類のことを「スタイル」と呼ぶが、これらのメーカーでは新しいスタイルが次々と誕生している。この特徴のはっきりとした嗜好品に魅入られた若者たちは、それを求めて店に向かう。そこで同じ趣味の人たちと語り合う。そこでクラフトビールレストランは目的来店の店となり、いわゆる一等地に出店する必要がない。
ブルワリーパブの草分け「ライナ株式会社」
6店舗でクラフトビールを提供
このようなブルワリーパブの草分けはライナ株式会社(本社/東京都台東区、代表/小川雅弘)である。同社代表の小川氏は1981年5月生まれ。大阪で飲食業を展開していたが、東京でビジネスを行おうと東京に移住し飲食店の展開を始めた。これが2007年のこと。
クラフトビールの存在を知り、この類の飲食店に通うようになり、好きが高じて自身でもクラフトビールレストランを立ち上げた。これが2013年新宿御苑近くにオープンした「VECTOR BEER」。さらにこの店の近くに店舗を構えてIPA(スタイルの一種)専門のクラフトビールレストランにして、その店の一角にブルワリー(醸造施設)を開設した。
このブルワリーは1年足らずに生産量が足らなくなった。そこで2017年12月、現在の拠点となる浅草橋にブルワリーと本社機能を設けた。生産量は年間10万ℓとなったが、当時同社のクラフトビールレストランは8店舗あって、これらで使い切っていた。現在同社の飲食店は16店舗あり、うちクラフトビールを提供する店は6店舗となっている。
自社消費だけでなく外販も強化する
現在同社で生産しているクラフトビールは同社の店舗だけではなく他の事業者にも卸している。このうち飲食店は約30店舗、そのほか酒販店やコンビニチェーン、また量販店のリカーショップなど約30店舗の小売店に卸している。
同社で生産するクラフトビールの自社消費と他社へ卸している量の比率は、コロナ前は7対3、コロナになってからは3対7となっている。この背景には、コロナ禍によって自社の飲食店の稼働日数が減ったことと、「これから新規に工場をつくって、生産体制を強化するために外販を強くしていこうと考えたから」(小川氏)とのことだ。
住宅街で成立する「街のビール屋さん」
ライナがクラフトビールを安価で提供できる理由
ライナのクラフトビールレストランでのクラフトビールの価格は、ハーフパイント(270cc程度)450円、1パイント(500cc/アメリカンパイント)750円となっている。一般的なクラフトビールレストランでは1パイントが大抵1000円を超えていて、同社の価格は安価である。それは同社が自社でブルワリーを持ち、大量に生産しているからにほかならない。小川氏はこう語る。
「ブルワリーは装置産業なので固定費をどう落とすかということがポイントです。ある程度設備投資をすると原価は下がる。一人で1日100ℓの仕込みをするのか、500ℓなのか、1000ℓなのか、いずれにしろここの仕事には一日かかる。1回の仕込み量を増やすことによって生産量が上がって固定費は下がる。当社では、このような仕組みをつくったので、クラフトビールの価格を安価で設定できる」
醸造家が調理と接客も兼務
開業事例が相次いでいるブルワリーパブは、当初は1店舗からスタートすることになるが、この場合どのように生産性を維持していていけばよいのだろうか。
「料理人が接客係を担当するという発想で解決できる。つまり、ビールの醸造家が調理や接客も兼務するということ。また、仕込みのタンクを100ℓが3基、5基とするのではなく300ℓ2基の方がいい。こうすると一月の仕込み回数が減ることになり、同時に生産性が高くなる」
前述した通り、クラフトビールのファンはとても根強いものがある。そこで、二等立地といわれるようなところで、大きな醸造タンクを入れて仕込み回数を減らし、醸造家が料理も接客もこなし、根強いファンがリピーターになり、お客が回転する、といったようなパターンをつくると確実に繁盛店となっていく。
今回、筆者はライナの店に限らずさまざまなブルワリーパブやクラフトビールレストランを訪ねたが、駅から徒歩10分以上離れた住宅街にあっても店内には十分にお客がいた。みなクラフトビールの空間の中でわくわくしている。マイボトルを持参してクラフトビールをテイクアウトするお客もいる。「街のビール屋さん」という光景である。
コンサルティング事業に発展する
リーダーとなり業界をけん引
さて、ブルワリーパブの開業希望者が増えてきたことに伴って、ライナではこれに関連するコンサルティングの仕事が増えるようになった。それはまず、クラフトビール醸造家の育成。ここではオリジナルのスタイルをつくるための指導も行う。
さらに、醸造設備のメーカーと連携するようになった。そこで、ブルワリーパブを開業したい会社に、醸造施設を開設するノウハウの提供、プラントの設計と納品、醸造家の育成研修、レシピ指導など、フルセットで提供するパッケージを整えることを進めている。これまでそれぞれの金額に不明瞭だった部分が多かったことから、これらを全てクリアにしていきたいという。「このようなことができるのは、唯一当社だけだと思う」と小川氏は語るが、クラフトビールを商う先駆者が、リーダーとなって業界をけん引している。
多様性を認める現代にマッチ
クラフトビールレストランにとって品揃えのポイントとはどのようなものかを尋ねた。
「それは全部のタップを1つの会社で賄ってしまうのではなくいろんな種類のクラフトビールがあること。タップは10個前後あると取り組みやすい。そのうちの1つは大手メーカー品にすること。それは、4人で来たグループでうち1人がクラフトビールは苦手という人もいるから。小さなレストランで5タップしかないという場合は、大手メーカー品を入れる必要がない。クラフトビールの根強いファンが集まる店になるから」
クラフトビールの消費期限は出荷してから3カ月以内、開栓してからは1週間以内に飲んでもらうことが望ましい。樽は10ℓ、15ℓ、20ℓのタイプがあるが、この中で15ℓが一番扱いやすい。それは10ℓの樽も15ℓのものも送料は一緒だから。送料はそのまま売価に反映されてしまう。20ℓの場合はその大きさがあることから店によっては導入できないこともある。
店内でのクラフトビール冷蔵庫は、同社の場合はコールドテーブルを改造して使用している。プレハブ冷蔵庫を設ける場合もあるが、これには投資額がかかる。
コロナ禍で飲食業の様変わりがどんどん進んでいる。この間、ブルワリーパブやクラフトビールレストランが増えている要因は冒頭で述べたとおりだが、「クラフト」という言葉に商品を大切にする手づくり感があり、今日の多様性を認める時代性に大いにマッチしているからではないだろうか。
執筆者のプロフィール
文◆千葉哲幸(フードサービスジャーナリスト)
柴田書店『月刊食堂』、商業界(当時)『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆・講演、書籍編集などを行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社、2017年)などがある。
▼千葉哲幸 フードサービスの動向(Yahoo!ニュース個人)