旅の前には新しいカメラが気になってくる。また、カメラを買ったら旅に行きたくなる…。このように、カメラと旅の親和性はとても高いのですが、撮影を主目的にした旅では、それに適した機材選びや、撮影地や被写体に応じた撮影テクニックや工夫が必要になってきます。今回は、ローカル線の風情が感じられる路線として有名な「小湊鐵道」に出かけました。そして、味わいのある無人駅を訪れながら、便数が少ない列車の乗り方や、駅や周辺で“雰囲気の良い写真”を撮るためのノウハウを紹介したいと思います。
執筆者のプロフィール
吉森信哉(よしもり・しんや)
広島県庄原市生まれ。地元の県立高校卒業後、上京して東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)に入学。卒業後は専門学校時代の仲間と渋谷に自主ギャラリーを開設し、作品の創作と発表活動を行う。カメラメーカー系ギャラリーでも個展を開催。1990年より、カメラ誌などで、撮影・執筆活動を開始。ライフワークは、暮らしの中の花景色、奈良大和路、など。公益社団法人 日本写真家協会会員。カメラグランプリ2022選考委員。
ローカル線の旅に相応しい撮影機材
定番のレンズキット+単焦点レンズ1本
大型センサーを採用するコンパクトデジカメや、最近のスマホに搭載されているカメラ。こういったカメラでも十分高品位な写真が撮れますが、撮影が主目的の旅ならば、やはりレンズ交換式のカメラを選びたくなります。自分の旅のイメージに合ったカメラやレンズを選ぶ…。もう、それ自体が旅の楽しみの一部と言えるでしょう。
小型軽量で機動性に優れるボディに、標準ズームと望遠ズームを組み合わせたダブルズームキット。または、高倍率標準ズームレンズとのレンズキット。こういった汎用性の高い組み合わせは、撮影旅行にもピッタリ! ですが、自分の撮影スタイルや好みに応じて、もう1本「単焦点レンズ」を加えると、表現の幅が広がります。
たとえば、今回の旅ではコンパクトな大口径中望遠レンズを加えました。それによって、被写体の前後を大きくぼかした表現や、室内や夜間での撮影が快適に行えます。また、標準や中望遠のマクロレンズもオススメです。そうすれば、駅のホームや駅舎周辺で見かけた小さな花なども思い通りの大きさに撮れるでしょう。
ローカル線の乗り方
運行ダイヤを把握して下車駅を見定める
自宅のある東京都調布市から、京王線の始発駅で出発し、中央・総武線と内房線の列車を乗り継いで、7:01に五井駅に到着。ここで「1日フリー乗車券」を購入し“小湊鐵道の無人駅を訪ねる旅”が始まります。
「小湊鐵道線」の運転区間は、千葉県市原市の五井駅から房総半島内陸部の上総中野駅(※)までの39.1km。全線非電化の単線で、駅の数は全部で18駅。長閑な田園風景の中を、クリーム色と朱色が印象的な気動車が走ります。
こういったローカル線を利用する旅では、列車の運行ダイヤを把握しておく必要があります。都市部の鉄道よりも列車本数が少ないため、目的の駅まで思い通りにたどり着けなかったり、下車できる駅の数が少なくなるからです。
まず、7:11発の列車に乗って、終点の上総中野を目指します。その間に、各駅の駅舎やホームの雰囲気、また駅周辺の風景などをチェックして、下車したい駅を見定めたいと思います。
ただし、7:11発の便は途中の養老渓谷止まり。終点の上総中野まで行くには、8:52発の便(上総中野まで行ける最初の便)に乗る必要があります。ということで、養老渓谷までのどこかの駅で下車する事にしましょう。
(※)上総中野駅で「いすみ鉄道」に乗り換えると、房総半島を横断する形で終点の大原駅まで行ける。この路線も、長閑な雰囲気で無人駅が多い(無人駅率は小湊鐵道より上)魅力的なローカル線である。
平日・休日関係なく使えるフリー乗車券を利用!
列車を撮る
高倍率ズームの画角変化で多角的に狙う
小湊鐵道線には、クリーム色&朱色の列車が走っています。また、蒸気機関車を模した機関車が牽引するトロッコ列車なども運行されています。そんなレトロな雰囲気の列車の姿は、さほど鉄道写真に興味がない人でも思わずカメラを向けたくなる、魅力的な被写体です。
ただし、列車が来てから慌ててカメラを構えたり、あまり考えずに撮影してしまうと、列車の魅力が伝わりにくい写真になってしまいがちです。ですから、運行ダイヤを確認して待機し、周囲の状況や表現意図に応じたレンズ選択や画面構成などを行いましょう。
鉄道写真を趣味にする人なら、列車が映える環境や沿線風景を探して、その場所から撮影するでしょう(自動車などで移動しながら)。しかし、列車に乗って無人駅を訪ねる今回のような旅では、下車した駅のホームや駅周辺で列車を撮るのが一般的です(※1)
今回の撮影機材では、広角から本格望遠までカバーする高倍率標準ズームレンズがメインレンズになります。ですから、まず望遠域で絵になる線路周辺の風景を探します。その次は、広角域で画面に奥行きが出るような撮影ポジション・背景・前景を探ります。そして、列車の接近に合わせて、望遠域で連写~(広角側にズーム)~広角域で連写。…という流れでトライすると良いでしょう(※2)
※1 ホームや線路近くで列車を撮影する際には、規則やマナーに十分注意しましょう。
※2 【 列車連写時の参考カメラ設定 】 露出モード:シャッター優先オート(設定速度は1/2000秒~1/500秒くらい) ドライブモード:5コマ/秒以上の高速連写(ただしAFCが機能するモードで) AFモード:AFC AF範囲:オートエリア、ゾーン、ワイドなど
望遠撮影は背景の要素や構図に注意
広角撮影は低い位置から狙うと存在感が増す
車体の印象的な部分を切り取る
望遠域で構図を決めて、列車が大きく捉えられるタイミングを狙う
早めに広角域にズームして、フロント部が見切れるまで連写
ホームや駅舎を撮る
目障りな要素を避けて、長閑さや静寂感を出す
今回のテーマは“ローカル線の無人駅を訪ねる旅”なので、下車駅のホームや駅舎も重要な被写体になります。そういった被写体を撮る際に意識したいのが、長閑さ(のどかさ)や、静寂感です。
たとえば、ホーム上の駅名標(駅名表示の看板)や駅舎がレトロで良い雰囲気だとします。しかし、背景や周囲が雑然としていたり、目障りなモノが写り込んでしまうと、魅力的な被写体の良さが伝わりにくい写真になってしまうのです。
ホーム上の風景を撮る際には、先ほどから述べている駅名標をポイントにするとまとめ易くなります。雰囲気の良い駅名標に接近しつつ、背後や周囲の状況に応じてカメラ位置やアングルを吟味しましょう。
そして、駅舎を撮る際には、飲み物の自販機や注意書きの貼り紙などが、目障りなモノが入らないよう気をつけます。もちろん、それらが避けられない状況もありますが、極力画面に入らない工夫(カメラ位置や画角の変更など)をすれば、無人駅の長閑さや静寂感が伝わる写真になりますよ。
駅名標をアクセントにして、ホームと線路を写し込む
フィルター効果も活用してみよう
「オールドデイズ」でレトロな雰囲気に演出
駅周辺を散策して撮る
下車駅近くの自然環境や施設を訪れる
ローカル線の無人駅を訪ねる旅ですが、下車駅の近くに“写欲をそそられる場所”があれば、そこにも行ってみたいですね(時間が許す範囲で)。写欲をそそられる要素は人によって違うでしょうが、私の場合は、海、川、湖、高台、などの自然環境。そして、神社仏閣、公園、古い街並、などの施設。そういった要素が、写真撮影のモチベーションになっています。
今回は、高滝駅の近くにある人造湖「高滝湖」まで歩いて行くことにしました。ここは市原市を代表する観光スポットで、湖畔には安産祈願で知られる高滝神社や、市原湖畔美術館、高滝ダム記念館、といった見所があります。
もちろん、そういった施設や湖畔風景にも興味はありますが、高滝湖に向かう途中に眺める高滝駅周辺の様子なども風情がありました。ですから、目的地に向かう途中の撮影も考慮して、移動時間は十分に余裕を持って予定を立てましょう。
東方向にある湖畔に行ってみる!
手前の花を前ボケにして駅を狙う
黄昏色の湖畔に映える赤いアーチ橋
まとめ
ローカル線で“非日常の空間や時間”を堪能
ローカル線の旅の魅力は、どんな所にあるのでしょうか? レトロな車両や駅、長閑な周辺風景、駅や周辺で見かける花や小動物(犬、猫、鳥など)。そういったモノが挙げられます。
しかし、いちばんの魅力は、普段の生活とは違う“非日常の空間や時間”に身を置ける事ではないでしょうか。その新鮮な感覚によって、普段ならスルーしてしまうようなモノや場面を撮影したくなるのだと思います。
雰囲気の良さそうな無人駅で下車し、人影もまばらなホームや駅舎に長時間佇む…。そうすれば、ローカル線に対する良いイメージも、さらに膨らむでしょう。そんな感覚が得られるローカル線の旅を、多くの人にお勧めします!
撮影・文/吉森信哉