誰しも仕事で悩むことはあるものですが、発達障害がある場合、その悩みはより大きくなりがちです。しなければいけないとわかっていても、なかなか作業に取りかかれない。あとまわしにしているうちに時間切れに……そんな悩みが発達障害のある人にはよく見られます。仕事に影響する特性や解決のヒントについて、書籍『大人の発達障害 仕事・生活の困ったによりそう本』監修者の太田晴久さんに解説していただきました。
解説者のプロフィール
太田晴久(おおた・はるひさ)
昭和大学附属烏山病院 昭和大学発達障害医療研究所 准教授。2002年昭和大学医学部卒業。昭和大学精神医学教室に入局し、精神科医師として勤務。2009年より昭和大学附属烏山病院にて成人の発達障害専門外来を担当している。自閉症の専門施設であるUS Davis MIND Instituteへの留学を経て現職。とくに思春期以降の成人を中心とする発達障害の診療や研究に取り組んでいる。
▼昭和大学発達障害医療研究所(公式サイト)
▼専門分野と研究論文(KAKEN)
本稿は『大人の発達障害 仕事・生活の困ったによりそう本』(西東社)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
イラスト/春野あめ、望月志乃、とげとげ。、大橋諒子、ユキミ
仕事の困った!あとまわしにしてしまう
苦手なことにはスイッチが入りにくい
しなければいけないとわかっていても、なかなか作業に取りかかれない。あとまわしにしているうちに時間切れに……そんな悩みが発達障害のある人にはよく見られます。
どんな職種でも、仕事をやり遂げるには地道な作業の積み重ねが必要ですが、こうしたプロセスは、とくにADHDの人が苦手とするところ。すぐに成果を感じにくい作業には、やる気スイッチが入りにくくなります。
時間感覚が弱く、「まだ時間はある」と感じやすいことも、あとまわしにして別のことを始めてしまう要因の一つです。結果的に、「仕事ができない」というレッテルを貼られてしまうこともあります。
解決のヒント(1)自分なりのやる気スイッチを見つけよう
スイッチが入りさえすれば、ほかに目が向かなくなるほど集中して取り組めるのも、発達障害のある人の特性です。「したいこと」なら勝手にスイッチが入ります。苦手な作業でも、「これをすると自分のためになるから、しよう」と、意識を変えてみるとよいでしょう。
ゼロから踏み出すのは大変ですが、一旦始めてしまえば、意外に集中して続けられることもあります。「一分だけ」「この一枚だけ」とハードルを下げて取りかかるのもよいでしょう。ごほうびを決めておくのもおすすめです。
「これでうまくいった」という成功体験が重なるうちに、やる気のスイッチを入れやすくなってきます。
とにかく手を動かす
パソコンを開く、資料を眺める、その日の予定を書き出すなど、ハードルが低めでできそうなことから、とにかく手を動かし始める
ごほうびを決める
作業をゲームとしてとらえ、「これがクリアできたらカフェオレを飲む」など、自分へのごほうびを決めておく
目につく場所に書類を置く
処理が必要な書類を、ノートパソコンの上など、目に見えるところに置いておく。パソコンの付箋機能を使い、やるべきことを付箋に書いてデスクトップに貼り付けておくのもおすすめ
結果を想像する
これをしたら週末は遊べる、しなければ残業や自宅作業になるなど、「よい結果」「悪い結果」を想像する。紙に書き出してみてもよい
本稿は『大人の発達障害 仕事・生活の困ったによりそう本』(西東社)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。
解決のヒント(2)締め切りを「見える化」しよう
「これくらい、すぐ終わらせられる」「まだ時間がある」などと考えがちな人は、締め切りをはっきりと意識できていないのかもしれません。「あとまわしにできない。今始めなければ」と気持ちを高めるには、「締め切りまであと〇日」「あと〇時間」という具体的な数字で考えることが大切です。
カレンダーを使って、過ぎた日を線で消し、残りの日数がどれくらいか視覚的にわかるようにするのはよい方法です。アナログ式の時計を目につくところにかけたり置いたりしておくのもよいでしょう。針の位置で、時間の経過や残り時間を把握しやすくなります。
同じ仕事をする人と一緒に行動したり、適宜、声をかけてもらったりするのもよい方法です。
カウントダウンをする
「来週の火曜まで」「明日まで」などと締め切りを漠然ととらえるのではなく、「あと何日」「あと何時間」と残り時間を具体的な数字で意識する。休日や休み時間は入れず、純粋な作業時間だけカウントを
アラームをセットする
作業を始める時間や、「残り〇時間」「残り〇分」などといったタイミングで、アラームが鳴るようにセットしておく
人に声をかけてもらう
上司やチームの仲間に、「〇日までにします」と宣言し、サポートをお願いする。進捗状況を報告したり、相談したりしていれば、「そろそろ、あれを始めたら?」などと、声をかけてもらいやすい
「ギリギリでも間に合えばOK」という開き直りも大切
タイムリミットが迫ったとき、「もう時間がない」とネガティブにとらえるより、「残り6時間で一気に終わらせるぞ!」とポジティブな気持ちで取り組むほうが、モチベーションは高まります。後ろ向きな気持ちでダラダラやるより、かえって効率がよいかもしれません。
ギリギリでも、間に合えばよいのです。いつだって何とかなってきたはず。「のんきだ」と叱られるかもしれませんが、「できない自分」を責めるより、「追い込まれてからのラストスパートで全部終わらせるのが自分のスタイル」と開き直るほうが、はるかに健全です。
ただし、サポートしてくれた人、迷惑をかけた人がいれば、きちんと感謝の意を伝えましょう。
まわりができること
「まじめにコツコツ」を強要しない
タイマーの使用を認める、毎朝その日の予定を確認するなどのサポートが有効です。「ギリギリはダメ。毎日まじめにコツコツ取り組んで」などと、画一化した方法を押しつけると、本人の能力をつぶすことになりかねません。
「プロセスはともかく、結果を出せればよい」という姿勢で見守るのが大切です。
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なお、本稿は書籍『大人の発達障害 仕事・生活の困ったによりそう本』(西東社)の中から一部を編集・再構成して掲載しています。発達「障害」という名前はついていますが、本来、人の脳の発達はさまざまです。しかし、できることとできないことの偏りが強すぎてアンバランスになると、社会生活を送るうえで困ることが増えてきます。障害があってもなくても、そういう日々の「困った」によりそえるよう、たくさんのヒントを詰め込んだ本書は、当事者のかたが考え出したアイデアや、工夫して行っていることも掲載されています。詳しくは下記のリンクからご覧ください。
※(2)「〈大人の発達障害かなと思ったら〉特性を知る・対処法を身につける」の記事もご覧ください。