十代を過ごす中学・高校時代は、いわゆる「多感な時期」とされます。多くのことを吸収し、成長する時期であると同時に、自分が傷つくことも、他人を傷つけることも多い年頃です。特に昨今のコロナ禍においては、通常の学校生活が送れないことで、これまでにないストレスを感じている人も多いでしょう。その結果、中学生や高校生が「うつ」状態になり、日常生活に支障を来すケースもあるといいます。今回、思春期精神医学を専門とする獨協医科大学埼玉医療センターこころの診療科教授の井原裕先生にお話を伺いました。【解説】井原裕(獨協医科大学埼玉医療センターこころの診療科教授)

解説者のプロフィール

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井原 裕(いはら・ひろし)

獨協医科大学埼玉医療センターこころの診療科教授。1962年生まれ。東北大学医学部卒。自治医科大学大学院、ケンブリッジ大学大学院修了。順天堂大学准教授を経て、2008年から現職。虎の門山下メンタルクリニック、ベスリクリニックでも外来を担当。専門は、うつ病、発達障害、プラダー・ウィリー症候群等。精神科臨床一般のみならず、産業精神保健、刑事精神鑑定等にも対応。できるだけ薬を使わない診療を行う。『生活習慣病としてのうつ病』(弘文堂)、『精神療法の人間学』(岩崎学術出版)など多数の著書がある。
▼獨協医科大学埼玉医療センター(公式サイト)
▼虎の門山下メンタルクリニック(外来)
▼ベスリクリニック(外来)
▼専門分野と研究論文(CiNii)

まずは子供の様子を観察する

適応障害、うつ病、全般性不安障害、発達障害、多動性障害(ADHD)…調べれば調べるほど不安に

「子供がふさぎ込んでいる」「泣いていることが多い」「朝起きられず学校に行きたがらない」「急に怒りだしたり大声を出したりする」

我が子の様子がおかしくなったら、家族としては気が気ではないでしょう。「心の病気?」と思って、インターネットなどであれこれ調べることでしょう。「適応障害」「うつ病」「全般性不安障害」「発達障害」「多動性障害(ADHD)」など、いろいろなものがヒットします。読めば読むほど不安になり、我が子に当てはまるような気がしてくる。そのうち「自殺のリスクがある」などの記載がある。これではパニックになっても不思議はありません。

でも落ち着いてください。

まず、親御さんとしては、病名を考える必要はありません。精神科医のまねなんかしなくていいのです。大事なのは子供の「心の健康」を取り戻すこと。もちろん、精神科や心療内科への受診が必要な場合もありますが、その前に家族にも本人にもできることがあります。

誰もが心当たりがあるように、十代とは「多感な時期」です。感受性が豊かになり、繊細にもなる一方で、傷つきやすいもの。尾崎豊が「卒業」で歌ったとおりです。

体も心も急激な変化を遂げます。二次性徴が起こり、汗腺が発達して体臭が強くなり、ニキビやフケなどの肌トラブルも発生します。性への意識や関心が芽生えて、親には言えない悩みも出てくるでしょう。

ただでさえストレスに満ちているのに、昨今のコロナ禍では、まともな学校生活が送れなくなっています。中高生は未曽有の苦境に直面しているといってもいいでしょう。入学式がない、卒業式が延期になる、行事がキャンセルになる、修学旅行先が変わったりなどなど。しかも、感染の終息は見えません。「これからどうなるのだろう」と不安になって当然でしょう。

まずは、お子さんの様子を冷静によく観察してください。わかりやすいチェック項目を挙げましょう。

▼わかりやすいチェック項目

医療機関を受診する際にも、必要な情報です。メモ程度でかまわないので、書き留めてください。

起床時の機嫌

朝から悲し気だったり、いつになく黙り込んでいたり、妙にピリピリしていたり、些細なことで怒鳴ったり、などはありませんか。

登校状況

学校には時間どおり通っていますか?欠席だけでなく、遅刻や早退をしていないでしょうか。

食事や入浴など生活の状態

食欲がない、入浴を面倒くさがる、着替えをしない、洗面整髪をしないなど、基本的な生活習慣が乱れていませんか。 

睡眠覚醒リズム

これが一番大事です。朝は何時に起きて、夜は何時に寝ていますか?睡眠覚醒リズムとは、単に睡眠時間のことではなく、日中に覚醒して活動し、夜間は休息するという生活リズムを指します。睡眠覚醒リズムの重要性については、次項で詳しく説明します。

子供のうつ状態に対して家族ができること

思春期に多い「起立性調節障害」とは?

私どもの外来には、不登校の生徒が紹介されてくることが多いのですが、その多くが小児科で「起立性調節障害」と診断され、メトリジンという血圧を上げる薬を処方されています。起立性調節障害とは、起立時にめまいや動悸、失神などが起こる自律神経の病気で、思春期の子供に多く見られます。朝なかなか起きられない、食欲不振、倦怠感などから、不登校につながることもあります。彼らは総じて憂うつな気分で覇気がなく、体調もすぐれません。

たしかに、起立性調節障害の診断は間違いではありませんが、思春期の場合、そのほとんどは「睡眠相後退症候群」を伴っています。睡眠相後退症候群とは、慢性的な睡眠のタイミングに関する障害のひとつで、簡単にいうと「宵っ張りの朝寝坊」のこと。つまり、睡眠時間帯が通常より後退してしまった状態を指します。

起床・就床リズムという基本をおろそかにして、薬だけを飲んでも意味がありません。それで治らずに、小児科から精神科(当院では「こころの診療科」と呼んでいますが)に紹介されてくるケースが多いのです。

日誌をつけて睡眠状態を「見える化」する

中高生の「うつ状態」に必要なのは多くの場合、薬ではなく、生活習慣の乱れを是正することです。睡眠を十分に、正しくとることで、症状の多くは軽減されます。精神科や心療内科を受診する前に、まずは1週間、睡眠日誌をつけてみてください。自分の睡眠状態を「見える化」(視覚化)することから始めます。睡眠日誌は、インターネットで検索すると各種のサンプルが複数ヒットします。どれでもいいので、使いやすい物をプリントアウトしてください。参考までに、獨協医科大学病院睡眠医療センターの睡眠日誌はこちらです。
▼睡眠日誌(PDF)

画像: www.dokkyomed.ac.jp
www.dokkyomed.ac.jp

睡眠日誌のつけ方は簡単です。寝る前に、その日の日中の状態を記入します。そして、次の日の朝に、前夜の睡眠状態を書き込んでください。覚えている範囲でけっこうです。正確に記入しようとして神経質になりすぎないでください。

私たち医師が睡眠日誌で見るのは、「睡眠時間」と「睡眠相」です。睡眠相というのは、「何時に眠り、何時に目が覚めるかのパターン」を指します。つまり、睡眠時間が足りているか、起床時間と就寝時間がずれていないか、という点に着目するのです。
睡眠時間が足りないと、目覚めが悪く、頭の回転も悪くなり、日中ずっと調子が出ない、というのは、誰でも経験があるでしょう。また、「明け方まで起きていたが、そのあと昼まで7時間以上眠った」としても、終日だるかったり、時差ボケのように夜眠れず、昼間に眠かったり、何日も調子が悪かったり、ということもありませんか?
睡眠というものは、時間だけではなく、「いつからいつまで眠るか」ということも非常に重要なのです。 

「早く寝かせる」のではなく「早く起こす」

思春期の患者さんに指導する際には、「人間の体は起床とともにONになり、16~17時間後にOFFになるようにできている」と説明します。目覚めてから、中学生なら16時間、高校生なら17時間経たないと眠くなりません。

ですから、「宵っ張りの朝寝坊」を直すには、「眠くないのに布団に入る」ことではなく、「眠くても早く起きる」ことが有効です。

がんばって一日だけ早起きをしましょう。自分で起きられなければ(たぶん起きられないでしょう)、ご家族が起こしてください。その際、寝室のカーテンを開けて、太陽の光を入れること。日の光を浴びることで、体内時計が「朝」にリセットされることがわかっています。
その後、16~17時間は、どんなに眠くても、眠らずに耐えましょう。日中は適度に体を動かすことも必要です。外を歩いたり、家の中で体操をしたりしてください。そうすると、夜に自然と眠くなり、睡眠相が正されます。翌朝も同じ時間に起きます(起こします)が、前日ほどつらくないはずです。

最初の一日は眠くて不機嫌かもしれませんが、ここで親御さんが「つらそうだから寝かせてあげよう」と思わないことです。家族は、精神科医の代わりに生活改善をサポートするトレーナーと心得てください。
思春期のお子さんなら、7~8時間の睡眠確保と、毎日(休日も含む)の起床時刻をほぼ同じにすることです。睡眠日誌をつけながら、家族で取り組みましょう。

言っていいこと、言ってはいけないこと

よく、「うつの人を励ましてはいけない」といいますが、そんなことはありません。避けていただきたいのは、罵声や侮辱を伴う叱咤激励。それ以外は、人としてあたりまえの愛情と良識を持って、普通に接すればいいのです。腫れ物に触るような必要以上の警戒心は、かえって本人の孤立感を深めてしまいます。
家族や友人が、うつ状態の人と接するときに必要なのは、「時がすべてを癒してくれる」「あなたは一人ではない」というメッセージを発し続けることだけです。「今はつらくても、いずれ事態は好転する」と思えること、「家族が見守ってくれている」と実感できること。この2つが、心の健康を回復させる、なによりの薬となります。

相談窓口や受診する医療機関

▼精神保健福祉センター

「睡眠日誌をつけても症状が改善しない」「一度専門家に相談したい」という場合、思春期の患者さんを診られる精神科医を受診するのが近道ではあります。ただ、「精神科を受診するのはハードルが高い」という声もよく耳にします。
まずは、お近くの精神保健福祉センターで相談してみてください。精神保健福祉センターは、精神保健福祉法によって、各都道府県に設置することが定められています。
▼全国の精神保健福祉センター一覧

精神保健福祉センターは、心の問題や病気で困っている本人や、家族及び関係者の相談を受ける機関です。思春期・青年期等における精神医学的問題について、専門の職員が相談に応じています。電話相談もできると思いますので、最寄りのセンターに問い合わせてみてください。

▼精神科、心療内科、メンタルクリニック

以前は、精神科の医療機関といえば精神科病院であり、それはあまり人目につかない場所にあるものでした。ところが今は、ちょっと大きな駅前には必ずといっていいほど、「メンタルクリニック」「精神科クリニック」「心療内科クリニック」の看板を見かけるようになりました。相談窓口が増えたことは喜ばしいことですが、精神科医がすべて、子供の診察・治療を得意とするとは限りません。思春期のお子さんが受診する際には、事前に一度、「子供の受診が対応可能かどうか」を電話で問い合わせたほうがいいでしょう。

▼うつの「原因」が明らかな場合

うつの患者さんの治療に際しては、睡眠習慣の改善とともに、そもそもの原因が明らかになっている社会的な問題があれば、その解決への対策も必要です。

社会的な問題とは、おとなの場合、労働問題(超過勤務、パワハラ、派遣切りなど)、貧困、対人関係といった諸問題を指しますが、中高生の場合は、「いじめ」、「長時間の部活」、「教師によるハラスメント」になどが、これに該当するでしょう。

いうまでもなく、これらは薬では解決できません。生活習慣指導にも限界があります。行きたくない理由が学校にある限り、根本的には何も変わらない。状況に介入しなければ解決にならないのです。

本人が直面している問題に応じて、解決策は変わっていきます。いじめなどの歴然とした問題があるのなら、「本件は『いじめ防止対策推進法』に規定された『重大事態』に該当する可能性があり、学校設置者と学校は速やかに事実関係について調査し、必要な措置を講じてください」などの強い意見を述べるべきでしょう。

まとめ

うつの患者さんは、心の落ち込み以前に、体にダメージがある場合がほとんどです。思春期の中高生も同様です。まずは十分な(7~8時間超)睡眠を、正しいサイクルでとることです。十代の若者であれば、睡眠のサイクルを整えるのにさほど時間はかかりません。まずは、早起きし、日中十分な活動を行い、適度な疲労を得て、起床16~17時間後の強い眠気を待つことです。ご家族も協力してあげてください。

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